ひとりじょうず | ナノ




第四章
   └四



私は薬売りさんの指示に逆らって、一人とぼとぼと賑わう町を歩いていた。


どうしても、言う通りに扇屋に戻る気になれなかったのだ。




「はぁ…」




あぁ、もう。


片想いって一言では言うけれど。




「結構…きついな…」



ぼんやりと地面を見つめながら歩いている内に、どうやら出店などの通りは終わってしまったようだ。







「………」




ちょっとだけ…自惚れかも知れないけれど。



少しだけ、出会った頃より薬売りさんとの距離が近づいていたかと思ってた。

"特別な存在"なんて言うつもりはないけども。



薬売りさんにとっては"拾い猫"程度だってわかってても、やっぱり近づきたくて…





(でも、近づいたかと思うとまた離れちゃう、よね…)



はぁっと盛大な溜息を吐いた後、私は来た道を引き返そうと踵を返した。




「そうだ、庄造さんと絹江さん…それに弥勒くんにもお土産を…」



立ち並ぶお店を見ながら、懐を探ってハッとする。




「わ…私、お金もってないじゃん…」



出掛けるにあたって、薬売りさんにそう約束されたのだ。






『今日の結はいつにも増して落ち着きがないようですから、何か欲しい物があったら私に言いなさい』


『もっとも…買う買わないは私の判断によりますが』







「あぁぁ…もう…」



自分の信用の無さ…というより、頼り無さに泣きそうになってしまう。





「これじゃ本当に飼い猫と一緒だよ…」



約束した当の本人は、今頃御茶屋でお団子でも食べているんだろう。






(…綺麗な人だったな…)



うっかり脳裏に浮かんださっきの女の人の顔。





「う…帰ろう!」



私は振り払うようにぶんぶんと頭を振った。






「あ…」




不意に向けた視線の先。

そこには小さな敷物の上に、可愛らしいお人形が数体並んでいた。





「わぁ…可愛い」



愛らしい表情のお人形は、どれも手の込んだ着物を着ていて、詳しくない私にも作り手の愛情が伝わってくる。





「気に入りましたか?」



柔和な声が私に掛けられた。




「あ…すみません、つい見入ってしまって」



私がそう返すと、その声の主は優しそうな目元を更に綻ばせた。





「いえ、そう言われると作った僕も嬉しいですよ」

「この子達、全部手作りなんですか?」

「えぇ、まぁ、しがない人形師の道楽ですよ」





そうは言っても、見事なお人形達。

くりくりとした瞳や可愛らしい口元。





「とっても大事にされているんですね…」



どうしてそう思ったかはわからないけれど…何というか、とても愛情を感じるのだ。





「…そう、ですか」



私の言葉に一瞬、目を見開くと人形師さんは嬉しそうに微笑んだ。







(ん…?)




それにしても、この人形師さん。

何だかとっても顔色が悪い。





「あ、あの…具合、悪いんですか?」



おずおずと尋ねると、人形師さんは困ったように眉を寄せる。





「あぁ、えぇ少し…でも少しでも稼がないといけなくてね」

「そう、何ですか…」

「病に臥せっている妹がいるんです。だから…でも今日はもうだめかな」




そう言って周囲を見渡した。

確かに、通りの端のせいかあまり目を留める人がいない。





「ご、ごめんなさい。私もお金持っていなくって…」

「あぁ、いやいいんですよ」



敷物とお人形を丁寧にしまいながら人形師さんは手を振る。





「それに、本当は売りたくないって気持ちも無くはないから…」

「え…?」



私の問いかけに微笑を返しながら、人形師さんは荷物を手に立ち上がった。




「あ…っ!」


しかし、その体は頼りなくぐらりと揺れた。





「大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ…大丈夫、少し眩暈がしただけだから…」




私を制しながら再び荷物を手に取る彼は、本当に青ざめた顔をしている。





「あ、あの!」

「え?」

「良かったら、一緒に運びますよ?」



咄嗟に出た申し出に彼は驚いた顔を見せたけど、すぐに柔らかく笑った。





「ありがとう…じゃあ、少し手伝ってもらえるかな?」

二ノ幕へ続く


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