番外章(一)
└三
無理に視線を合わせられた結が震える。
恐怖心からか薬売りを拒むように、両手で彼を押しやろうとした。
『…私をしっかり見なさい』
「……あ…」
『結』
「……っ!」
次の瞬間。
結の唇に温かいものが重なる。
「…ん…ぅ」
そして割って入るように柔らかな感触。
全てを拭い去るかのように、結の中をかき混ぜていく。
「…ふ…っ」
どれくらいの間そうしていたのか。
角度を変えて何度も重なる温もりが、だんだんと体中に広がっていく。
押しやっていた結の腕から力が抜けて、代わりに縋り付くように薬売りの着物を掴んだ。
「…はぁっ」
やっと離された唇から、苦しそうな息が漏れた。
結は状況がわからないまま、そっと目の前の顔を見上げる。
「く…薬売りさ…」
そこには真摯な表情の薬売りの顔がすぐそこにあって。
『…落ち着きましたか?』
「…っ!」
結の唇の端をペロリと舐めながら、薬売りが呟いた。
「あ…私…?」
不安そうに視線を彷徨わせる結。
『……少し…』
薬売りはその小さな体を、ゆっくりと抱きしめた。
『…少し、悪い夢を見ただけですよ、熱のせいで』
「…夢…」
結は大人しく薬売りの胸に身を預ける。
「そういえば…夢…よく覚えてないです…」
『…熱のせいですよ』
きっと、すごく重大な、そして嫌な夢を見ていたはず。
すぐにそう思ったけど、結は何も言わずに薬売りの言葉を飲み込んだ。
(そう…きっと、熱のせい…)
そう自分に言い聞かせて、押し付けた耳から薬売りの鼓動を聞く。
緩やかに打つ鼓動が心地いい。
『………』
薬売りが子供をあやす様に結の背中を、とん、とん、と叩く。
結はゆっくりと息をしながらそれを受け入れていた。
「…何か聞こえます」
静かな部屋に、遠くから賑やかな声が聞こえる。
『…今日から3日間、この辺りで祭りがあるそうです』
「お祭り?」
『女将もその準備で忙しいようで。弥勒も力仕事に借り出されました』
「へぇ…お祭りかぁ」
結は薬売りの胸からそっと顔を上げて外の様子を伺おうとした。
薬売りは小さく笑うと、結の頬を撫でる。
『…熱が下がれば行っていいですよ』
考えを言い当てられた結は、照れくさそうに薬売りを見る。
「…本当ですか?」
『…約束しますよ』
あまりに薬売りが優しく微笑むものだから、つられて結もその表情を崩した。
「ありがとうございます」
薬売りは結の頭をぽんっと撫でると、
『じゃあ薬を飲んで。もう少し眠りなさい』
そう言って結を布団に戻す。
「…………」
薬売りが薬の包みを渡しすと、結は素直にそれを飲んだ。
そして布団にもぐりながら、少しだけ不安そうな視線を薬売りに投げる。
『…もう怖い夢は見ないでしょう。安心して寝てなさい』
薬売りの言葉に安堵の笑みを浮かべると、結は静かに目を閉じた。
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