ひとりじょうず | ナノ




番外章(一)
   └二




「う…うぅ…」

『…結?』





熱を出して寝ていた結の様子がおかしい。

結の傍らで書物を読んでいた薬売りは、それを閉じると結を覗き込んだ。






「…や…たす…」




大粒の汗を額に、結は苦悶の表情を浮かべている。






『…夢…?』

「い…や…」



熱に浮かされて悪夢を見ているのか。

それにしても尋常ではない。





「や……たす…」

『…結』

「……っく…」




結は何かから逃れるように首を振る。

結の周りを取り囲む空気が淀んでいるのを、薬売りは感じていた。





『これは…』





あの日と同じ、寒くて重い空気。






『結、起きなさい』

「う…く…っ」

『結』

「い、や…」

『目を開けなさい』




薬売りは結を揺さぶった。

でも、結は一向に目を開かない。





『結!』





夢の中で何かから逃れているのか、結の腕が空を切った。






『…っ!』




それを片手で止め、布団に押し付ける。





『結、起きなさい!』

「…や、だ…けて…」

『…っ』

「助けて…っ!」






結の目尻から涙がこぼれる。

錯乱したまま目を開かない結は、薬売りの手を払おうと体を捩る。



薬売りは、再び結の手を押さえつけて彼女の名前を呼んだ。






『結!!』

「…っ!」




ハッと息を吹き返したように結が目を開けた。





「あ…」




明らかに焦点の合わない瞳。

まだ夢と現の境目にいるのか、薬売りの顔を見ながらガタガタと震え始めた。





「う…あ…」




涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、結は小さく首を振った。





『…結』

「…う…っ」




言葉を発することも出来ないまま、結の視線がぎこちなく自分の手に動く。





『結?しっかりしなさい』

「ひ…っ」




押さえつけられた手を見て、結の目が見開かれた。





「や…嫌…!いやぁぁあ!!!」

『ちょ…結!?』

「離して…!助け…やぁああ!!!」





結が振りほどこうと暴れる。

薬売りはそれを抑えようと何度も彼女の名を呼んだ。



しかし、それは結の耳に届かない。





『結、落ち着きなさい!』

「嫌…!嫌!」

『私を見なさい!』



薬売りは結の頬を両手で持つと、無理矢理自分の方へ向かせた。



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