第三章
└二
――…と、言う事で弥勒くんを外に追い出したまま、今に至る。
(弥勒くん、もう寝たのかな…)
ついさっきまで外で鳴いていた弥勒くんの声がもう聞こえない。
外は夜の帳が下りて、きっと彼はもう目が利かないだろう。
当の薬売りさんは、ただいまお風呂中でして。
「や、やばい…なんかクラクラしてきた…」
自覚が無かったとは言え、今まで薬売りさんと二人、よく毎晩眠っていたものだ。
でも…
逆を返せば、薬売りさんは今までもそしてこれからも、私に対して何の意識もないわけで。
「拾った…だもんね」
そこら辺の野良犬や野良猫の面倒を見ているのと、たぶん変わりないんだろう。
「……………」
それでも、こうして傍にいられるのは幸せなのかも知れない。
「…でも…でも…衝立無しはやっぱり恥ずかしい…!!」
『……一人で何を騒いでいるのです』
「ひゃああぁぁあ!!」
着物の襟首をグッと引っ張られて振り返る。
濡れた髪を手拭いで拭きながら、訝しげに見ている薬売りさん。
(だ…だめだ…!)
いつもだったら何も気にせず見ていたのに、やっぱり無理だ…!
「わ、私もお風呂に行ってきます!!」
なるべく薬売りさんを見ないように勢いよく立ち上がろうとすると、襟を掴んでいた手をグッと引いた。
「ぐ…っ!?」
『なんか様子が変です』
「く、薬…っ苦し…!!」
これじゃ本当に首をつままれた猫だ。
薬売りさんは、ふんっと鼻を鳴らすと、今度は私の首を直接手で触れた。
「…っ!」
ひやりとした感触が首を探る。
私はもう何が何だかわからず、動けないままでいた。
『…もしかして』
首に触れていた手を離して、今度は顎を持ち上げられる。
もう私の頭はもう混乱しまくっていて…
『熱が…』
「あああああああの!!!」
どーんっ
『…………』
「おおおおおお風呂!お風呂です、はい!!行って参ります!!」
盛大に薬売りさんを突き飛ばして、部屋から飛び出してしまった。
―――……
「薬売りさん怒ってるだろうな…」
お湯につかりながら、自己嫌悪。
そりゃ、勝手に惚れられて勝手に意識されて…
良い気分じゃないのは確かだ。
「…きちんと謝って普段通りにしよう…」
きっと出来るはず。
だって、こんな風に薬売りさんとギクシャクするのは、たぶん片想いよりつらい。
それにこんな状態じゃ、薬売りさんだって傍にいさせてくれないかも知れないし。
「…うん、平常心平常心…」
自分に言い聞かせるように呟きながら、私は湯船から出た。
脱衣所に戻ろうと一歩踏み出した瞬間…
「あ…?」
視界が大きく歪んだ。
あ、ダメだ。
なんか倒れそう…
頭ではそう思ってはいるものの、段々と目の前が暗くなっていく。
足から力が抜けたせいか、倒れた衝撃は無かったけど…
(あれ…私、どうしちゃったんだろう…)
そこで私の意識は途切れた。
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