ひとりじょうず | ナノ




第二章
   └十九




「結ちゃーん!美園ちゃんよー!」

「はぁい!」



絹江さんの声に返事をしながら、慌てて階下に降りる。



「美園ちゃん!」

「結ちゃん!」



私達はお互いをぎゅうっと抱きしめた。






――昨夜、扇屋に戻ると私達を待って居たのは天秤さんだった。




チリンッ




「…天秤さん!」




天秤さんは美園ちゃんが家に着いたのを見送った後、こっそりと扇屋に戻ってきたようだ。




「ありがとう、天秤さん…」



私は天秤さんに頬を寄せると、美園ちゃんの無事を確信してホッと息を吐いた。







「…昨日は、大変だったね」

「うん…本当に色々とありがとう」



私達はいつもの川原に来ていた。

変わらない涼しい風。


…でも其処には、こっそり覗いていた彼の姿は、もうない。




「美園ちゃん、今日は随分大荷物だね?」

「あぁ、これ?」




美園ちゃんは大きな風呂敷をポンっと叩いた。




「私ね、この町を出る事にしたの!」

「え…えぇ!?」



驚く私を尻目に、美園ちゃんが伸びをしながら高らかに宣言する。




「もう、あんな男に引っかかったのはさっさと忘れて、心機一転!いい男捕まえるんだー!!」




美園ちゃんの帯には、もう義國さんの帯留めは無かった。




「…うん!美園ちゃんなら十人でも二十人でも捕まえられるよ!」

「ちょ、一人で十分よ!たった一人、私だけを愛してくれればいいの!」




私達は顔を見合わせて笑った。





「そうだ、美園ちゃん、これ…」



私は美園ちゃんの手を取ると、掌にそっと根付けを乗せた。




心太くんが彫った、可愛らしい丸い兎。




「これ…可愛いね、どうしたの?」

「美園ちゃんにね、渡してくれって頼まれたの」





美園ちゃんは、きょとんとした顔で私を見つめた。




「とても…澄んだ目をした人だったよ」





爽やかな新緑のように、温かい笑顔の人…





「そっか…ふふっ」




美園ちゃんは指で兎を撫でると目を細めて笑った。




「どうしたの?」

「ううん、結ちゃんに聞きたい事がたくさんあったはずなのに…この兎の事もね?でも何だか不思議と信じてしまうのよ」

「あ、あはは…」

「不思議な事もあるもんだなー程度でね。変よね!」




(わ、私も不思議要員の立派な一人なんだ…)





複雑な気持ちで笑っていると、美園ちゃんは「そうだ!」と手を打った。



「でも、これだけははっきり聞きたいわ!」

「うん、何?」



彼女はいたずらっぽい瞳で私を覗き込む。




「結ちゃん、薬売りさんのこと好きでしょう」

「…ぅえっえええええっ!?」

「やだ、何よ、その反応!自覚無し!?」

「え、そんな、違うよ!」




狼狽える私に美園ちゃんは続けた。




「だって、昨日だって薬売りさんの為にお屋敷に戻ったし…全身から『薬売りさんのそばにいきたいー!』って醸し出てたよ?」

「う……」

「それってただの仲間意識じゃ出来ないと思うなぁ…?」




ニヤニヤと笑う美園ちゃんとは真逆に、私はどんどん言葉を失ってしまう。




「た、確かにね…」



私は熱くなる頬を抑えながら、ぽつりぽつりと話し出した。




「確かに…私、薬売りさんのそばにいたいって思うし…混乱してたりするとね、薬売りさんが…こう、抱きしめてくれるとすごくホッとするって言うか落ち着いていくっていうか…」

「……………」

「でも、よくわかんなくて…これって、こ、こ、恋?なの?」




おずおずと美園ちゃんを見ると、美園ちゃんは答える代わりに…




バシッ


「いぃぃっ!?」



勢いよく私の背中を叩いた。




「何よ!抱きしめてくれるって〜!それ両想いなんじゃないの!?」

「えええぇ!?まさか!!」

「もう、結ちゃんって本っっっっ当に鈍いんだから!!鈍すぎ!!牛もびっくりの鈍さよ!!」

「う…、そ…其処まで言わなくても…」




美園ちゃんはにっこりと笑うと、私の手をキュッと握った。




「…大丈夫、結ちゃんはきっと幸せになれるよ」

「美園ちゃん…」

「あ、もちろん私もよ?絶対幸せになるんだから!」




じんわりと心が温かくなる。



(美園ちゃんのこう言うところ、大好きだなぁ…)





「うん、きっとね…あ、そうだ、私、美園ちゃんにお願いが…」

「なぁに?」

「これなんだけど…」




私は風呂敷に包まれた小さなどんぶりを差し出した。




「えぇ?何これ?」



美園ちゃんが風呂敷を開く。

その瞬間、風に乗ってふんわりと懐かしい香りがした。





…昨日、心太くんが消えた後に土が落ちていた。

私はどうしても心太くんを屋敷に残していきたくなくて、その土をかき集めて持ち帰ったのだ。



そしてその時、私はあの土の中に見つけたのだ。






「これ…何かの苗木?」





まだまだ小さな苗木だった。


でも心太くんの生まれ変わった姿の様な気がして…






「この木を…美園ちゃんの住むところが決まったら、この木を庭に植えてあげてほしいの。美園ちゃんがいつでも見られる所に」

「………」

「きっと、きっとまっすぐな木に育つよ。美園ちゃんを守ってくれる。だから…!」




必死に訴える私を見て、美園ちゃんはクスッと笑った。




「ふふ、理由は…聞かないわ」

「あ……」




そしてその苗木に向かって


「よし、じゃあ私と行こう。私のそばで大きくなるんだよ?ずっと見ていてあげるからね」


そう、優しく語りかけた。






そよ風が木々を揺らす。

森の香りが私達を通り抜けていく。




「じゃあね!結ちゃん!元気でね!」

「美園ちゃんも!落ち着いたら文をちょうだいね!私も書くからー!」

「もちろん!私達、友達じゃない!」




この町に来て初めてできた友達…

離れてしまうのは少し寂しいけども。


私達は見えなくなるまで、大きく手を振り合った。

美園ちゃんの帯には、兎の根付けが揺れている。





(心太くん…美園ちゃんのそばでずっと守ってね…)




私の後ろで森がざわざわと揺れた。




「…きっと心太くんも美園ちゃんも大丈夫だよ…」




私は森に向かってそっと呟くと、扇屋までの道をゆっくりと戻った。



― 第二章・了 ―


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