ひとりじょうず | ナノ




第二章
   └十七



― 終幕 ―

ただならない轟音の中、床や壁が軋む。

義國さんを突き破って出てきたモノノ怪が、びちゃりと嫌な音を立てて這い出してきた。




「ひ…っ」



モノノ怪は、悲鳴のような嘲笑う声のような、何とも形容しがたい声を発する。

空気を引き裂くその声に、私は思わず耳を塞いだ。



その様子を見て、薬売りさんが私を抱く手に力を込めた。




『結、私から離れるんじゃないですよ』

「…!はい…っ」




私はギュッと薬売りさんの着物を掴んだ。

逃げろ、とは言われなかった。




(…よかった…)



そばにいるのを認められた事にこっそりホッとしながら薬売りさんの顔を見やると、彼はただ一点を…心太くんをジッと睨んでいた。




再びモノノ怪の不快な声が部屋に響き渡る。

そして一度、大きく仰け反るとその勢いのまま心太くんへと向かっていった。


まるで皮膚など無いような、ぶよぶよとしたその体は、大きく黒い穴のような口を開け心太くんに襲いかかった。




(し、心太くん……っ!!)


『いけない!!』



意外にも最初に声を上げたのは薬売りさんだった。




「薬売りさん…?」






バキッ



メキメキメキメキッ







「きゃぁぁあ!」





一際大きく部屋が軋んだと思うと、床や壁…柱や屋根までもがものすごい音を立てて壊れていく。

そしてその木片達は宙に浮いたかと思うと、竜巻のように絡まり合いながら一つにまとまっていった。





「な、何…」

『駄目だ…このままじゃ…』





まるで綱の様にくるくると編まれて行く木片が、心太くんの頭上に集まっていく。

そして、心太くんは浮いたままの綱に向かって何かを唱えると、モノノ怪の方へ投げつけた。





「つ、綱が…!」



木片の綱は自らの意志があるかのように宙を舞うと、モノノ怪を一気に締め付けていく。






ギィィィアアアアアアァァァアアアアッ!!!!






モノノ怪は、到底この世のものとは思えない叫び声を上げてのたうち回った。





『――木霊、もうやめろ』



眉間に皺を寄せた薬売りさんが心太くんに向かって言う。

心太くんはゆっくりと私達の方へ顔を向けた。





『木霊よ…モノノ怪退治はこちらの仕事だ。お前が殺める必要は無い』





怒りに濁ったままの心太くんの瞳が私達を見据える。

そして無表情のままゆっくりと首を横に振った。





「心太くん…!」




私は思わず彼の名前を呼ぶ。

ぴくりと反応した心太くんは私を見つめた。




「心太くん…もう帰ろう?美園ちゃんはきっと無事に家に帰ったよ…私、そう約束したもの。だから、心太くんも帰ろうよ…」






涙で喉が詰まる…

私は唇を噛んで心太くんの返事を待った。





でも…


彼は柔らかく目を細めると、再び首を振る。




「心太く…」

「…いいんだ、結」




心太くんが静かに目を閉じて胸に手を当てた。





「俺…あの子の事が大好きで…、大好きで大事で…だからもういいんだ」




そしてゆっくりと目を開けると、にこりと笑う。





「禁忌を犯してこの身がどうなろうと、美園の為ならいいんだ」





その笑顔が、あまりに素直で。

一瞬、心太くんの瞳が澄んだ青空のように見えたから、私は次の言葉が出なかった。






バキィ…ッ





「あ…っ」




モノノ怪を絞めていた綱が一層強く食い込む。


心太くんは胸の前で手を合わせると、ぶつぶつと口を動かした。





『…遅いか…』




薬売りさんが呟くのと同時に心太くんの手が仄かに光り出した。

同じくモノノ怪に絡みつく綱が発光し始める。



その光は何故か神々しくて…不思議と恐ろしいとは思わなかった。




心太くんはカッと目を見開くと、その手をバッと広げた。








ザンッ!!!





「……!」







一瞬だった。


光る綱に縛られたモノノ怪は、叫び声を上げる暇もなく光と共に弾け飛ぶように消えた。



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