第二章
└十二
(う…何これ…)
開いた襖から、甘ったるい香りが立ち込める。
その強烈さにくらくらした。
薬売りさんは何も気にしない様子で、そのまま部屋に入っていった。
「……あら、薬売りさん…!」
奥から女の人の声がする。
私はこっそりと薬売りさんの背中から覗き見た。
(わ…)
そこには妙齢の美女…
珠子さんも随分美人だったけど、珠子さんの凛とした美しさとはまた別な…何だか妖艶さを纏った色っぽい女性がいた。
(この人が…庄造さんの言ってた"美人の未亡人"さん…?)
珠子さんと言い、この人と言い…
未亡人とはこうも妖しく美しいものなのだろうか?
「嬉しい…会いに来てくださったの?」
「!?」
その女性は、すっと立ち上がったかと思うとそのまま薬売りさんの首に腕を回した。
そして紅を塗った艶やかな唇を嬉しそうに上げると、薬売りさんに甘えるように頬擦りする。
(え、ちょ、何なのーーーー!?)
目の前で繰り広げられる艶っぽい出来事に、思考回路が停止する。
何、何、何!?
薬売りさんとこの…お館様って、一体どういう…
「…あら?」
「!!」
薬売りさんの肩越しにお館様が私を見た。
そして再び甘えるように薬売りさんに問いかける。
「ねぇ、薬売りさん…後ろの小娘はだぁれ?」
「こ……っ!」
(小娘って!!)
今にも迫りそうなお館様の唇をかわしながら、薬売りさんは彼女の体をグッと押し返した。
『彼女は…私の"大事な"助手ですよ』
「じょ…」
『失礼』
「う………っ」
お館様は一瞬眉をしかめて、ゆっくりと畳に崩れていった。
「え…薬売りさ…」
『気を失っているだけです。急ぎますよ』
薬売りさんはしれっと答えると、部屋の奥へとすたすた歩いていく。
「あ、待ってください…!」
私は混乱したままの頭を振りながら薬売りさんの後を追った。
『ここだ…』
薬売りさんは部屋の奥にある掛け軸を掴むと、ぐいっと下に引いた。
ぎ ぎ ぎ ぎ……
「こ、これって…」
鈍い音を立てながら掛け軸の横の壁が開いていく。
「隠し部屋…!?」
『…きっとこの中に義國と彼女と…』
薬売りさんはそう言って隠し部屋の中を睨んだ。
そして不敵に口角をニィッと上げる。
ぞくっとするその表情を見ながら、私も薬売りさんに続いて隠し部屋に踏み入れた。
薄暗い隠し部屋は、普通の部屋というよりまるで牢のようだった。
殺風景な廊下が続いていて、なんだか寒々しい。
(あ…)
何もないと思っていたけれど、奥の方がぼんやりと明るい。
(美園ちゃん…!)
どうか、どうか無事で…
「…………!」
隠し部屋の奥。
薄明かりの中、私が目にしたのは…
「んんーー!!」
「み、美園ちゃん!」
手足を縛られ猿轡をされた美園ちゃんの姿と
「…義、國さん…?」
壁に押し付けられるように悶えている、一人の男。
そして、その男の前にもう一人。
「……心太くん!!」
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