ひとりじょうず | ナノ




番外章(六)
   └二十一



二人で息を潜めていると、遠くから子供の笑い声が聞こえる。

段々と濃くなる匂いに、俺の胸は締め付けられていく気がした。



(あれ…このにおいは…)



そわそわし出した俺を、ビャクはチラッと横目で見た。



程なくして声の主が現れる。

俺達のいる川原の反対側に、山に通じる細い小道があった。


そこから二人の子供が歌を唄いながら楽しそうに出てきた。



姉と弟だろうか?

まだ小さな弟が川の方へ行かない様に、姉は手を引いた。



「勇太(ゆうた)!だめ、危ないから!」

「………!」



歳は十くらいだと思う。

"勇太"と呼ばれた弟の方は、それよりも四つか五つ、下だろうか?


やんちゃな弟の手を握る姿は、しっかりと"お姉さん"をしている表情で幼いながらも頼もしく見えた。


そしてこの声…



「……もしかして…」

「……ベニ?」



結界の中で、ジッと姉弟を見る。


あの眼差しに覚えがある。

あの声、あの柔らかそうな頬……!



小さな姉弟は、風に舞う桜の花弁を掴まえようとはしゃいでいる。

そしてなかなか掴まえられない弟は、ふてくされて姉の袖を引っ張った。



「ねぇー、またお話してー!」

「えー?またあの話?」

「うん!おっきいわんこの話!してしてー!」



ドキンッと心臓が跳ねた。




"わんわん、おっきーねー!"




故郷での記憶が鮮やかに過ぎる。

弟に向ける笑顔に面影が残ってる。




「いいけど…でも、このお話は私と勇太だけの秘密よ?」

「なんでー?」

「お父さんはきっと信じてくれないし…お母さんも、私の見た夢だって。忘れなさいって言うんだもの」



弟に言い聞かせるように、お姉ちゃんはゆっくりと話した。

すると弟は、"秘密"と言う言葉にちょっと目を輝かせる。


そしてお姉ちゃんに似た笑顔を浮かべると、大きく頷いた。




「うん!秘密にする!僕と、みよ姉ちゃんの秘密!」




小さな姉弟は悪戯っ子のような笑みを交わすと、キュッと手を取り合う。




「じゃあお家に帰りながら話してあげる!」

「やったー!」

「あれはねー私がまだ勇太くらいの頃でね…」



楽しそうな笑い声は、桜並木の中にふわふわと溶けていった。



薄紅の風の中、俺とビャクは二人の行った道をぼんやりと見ていた。




「……今、みよって言った?」

「うん…まちがいないよ、あれ、みよだよ」

「ベニ……」

「おれ、おぼえてるもん。みよのにおいも、こえもえがおも…」



じわじわと目頭が熱くなる。




(よかった…)



あの日、ビャクは"あの家から、一人の女と子供が姿を消した"って言ってた。


もしかしたら、見間違いかもしれない。

俺の都合のいい幻覚なのかもしれない。


でも、あの笑顔は、きっとみよだ。




"人間は忌み嫌われる事と引き換えに富を得る。それが狗神との契約"




そう教えられてずっと生きてきた。


じゃあ契約をなされなかった人間の末路は?

心のどこかに引っ掛かっていたんだ。


みよの未来はどうなってしまうんだろう。


心に刺さった小さな棘は、忘れた振りをしてもずっと疼き続けた。


でも、今日、この瞬間にその痛みはじんわりと溶けていく。




「…よかった…」

「…ベニ、人間ってすごいね。あの家から飛び出して、自分の力で未来を掴んだんだよ」

「うん……っ」



うん。


人間って弱いけど、強いね。

ちゃんと、強いんだね。




「おれも…つよくなる…っ!」

「うん……って、ちょ、鼻水!!!」

「ずびぃっ!」




ビャクは大きな溜息を吐いた後、呆れたように笑って俺の鼻をこしょこしょと撫でる。

そして二人で、しばらく桜吹雪を眺めていた。



―そして太陽が段々と西側に傾いてきた頃。




「ベニ、いい加減泣き止んだ?」

「ないてないもん」

「ふーん?」



ビャクはニヤニヤと笑いながら立ち上がる。

そして俺に向き直ると、赤い瞳をキュッと細めた。



「さぁ、行こうか!」

「……うん!」



太陽の光と桜の中、ビャクの白銀の髪がふわりと揺れる。

俺はお日様を集めたみたいに、ぽかぽかする心でビャクの後に続いた。



「ね、ビャク、どこにいくの?」

「うーん…まぁ適当に」

「えーー」



ビャクはひらりと飛び上がると、俺に跨る。

そして俺を覗き込むように顔を近づけた。




「いいじゃない?二人ならどこだって」

「……うん!!」



見上げれば澄み渡る青い空。

下に広がるのは新緑の森と薄紅の桜。




「やっぱりベニと空を駆けるのは気持ちいい!」

「うん、いっしょだと、おれもたのしいよ!」




ビャクは俺に居場所も仲間も、いろんなものをくれた。

俺がどれくらいビャクにあげられるかわからないけど…




「いっしょだと、いいね!」




俺達はお互いをひとりぼっちになんてしないから。



ずっと、ずっと一緒に行くんだ。



ずっと、俺と一緒。



― 番外章・ぼくといっしょ 了 ―


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