ひとりじょうず | ナノ




番外章(六)
   └十四



―それから俺達は、いつも一緒にいるようになった。

ビャクが住んでいる、蒼い池の畔で駆け回ったり、二人でちょっとだけ遠くに行ったり。


俺は今まで自分が狗神であることが、すごく重苦しかったけど、ビャクを背中に乗せて走っているときだけは狗神で良かったって思えた。


夜になるとビャクは俺の体に沈むようにして眠る。




(ふふっ、みよみたい)



普段、少しきつい目をしているのに、寝顔はあどけなくて…

俺は密かにこっちがビャクの本当の顔なんじゃ無いかって思ってる。




"僕が、君に居場所をあげる"




ビャクの言葉の通り、俺の居場所は今ここにあって。

一緒にいることが、何よりも幸せだって思えた。



「あ、そうだ。ベニ、これあげる」

「え?なに?おにく?」

「違うよ」



ビャクは笑いながら懐を探った。




「わー…」



差し出された掌に乗っていたのは、綺麗な蒼玉の勾玉だった。

森の木々の隙間から差し込む光に、凜とした輝きを放っている。




「あ!これビャクとおんなじやつだ!」



ビャクの耳朶に揺れている耳飾りを見て俺が声を上げると、ビャクは嬉しそうに笑った。



「この大きさの、作るの大変だったんだからね」

「これ、おれの?」

「そうだよ、ほら、付けてあげる」



"あげる"は、ビャクの口癖なんだろうな。

でも本当はそんな恩着せがましく思ってないことを、俺は知ってる。


きっと、やりたい事やしたい事を素直に言えないから。

あんな言い方するん…



「ぎゃんっ!!!」

「ちょ、いきなり鳴くなよ!」

「だって!いたい!!」

「当たり前だろ、耳に通してるんだから」

「さきにいってよー…こころのじゅんびが…」



涙目になりながら見上げれば。



(あ…きれい…)


自分の耳で、ビャクと同じ勾玉が揺れる。

ピコピコと耳を動かすと、涼やかな音が小さく響いた。




「…割と似合うよ」

「ほんとう?」

「うん、ベニは紅いから」

「ありがとう!ビャク!ビャクもしろいかみににあってるよ!」

「……っ」

「おそろいだねー♪」



ビャクは少しぽかんとした後、耳の先まで真っ赤になった。



「…どうしたの?」

「うるさいよ!恥ずかしい奴…!」



ビャクが赤くなった理由はわからなかったけど…


ビャクが俺にくれるものは、全部温かい。

そしてちょっと嬉しそうなビャクの顔を見るのが幸せ。




"僕があげるよ、居場所も仲間も"




(おれも…ずっとビャクといっしょにいる…!)



俺は一人、そう心に誓っていた。




ある夜、俺達は二人で寝そべって星を眺めていた。

この森で一番背の高い木の上が、ここ最近のお気に入り。


どこまでも果てしなく瞬く星々は、遠いようで近いようで…

ちょっと手を伸ばせば掴めそうだなって思った。




「………」

「…パクパクしたって、星は食べられないよ」

「……みないでよ」

「ばーか」



ビャクは憎まれ口を叩きながらも、俺に凭れながらぼんやりとしている。

その手には古ぼけた赤い紙の何かを持っていて。


時折、淋しそうにそれを指先でくるくると回していた。




「ビャク、それなぁに?」

「ん?あぁこれ?これは風車」

「かざぐるま??」

「ほら、こう…こうやって…」



スッと風車を持ち上げると、ビャクはフーッと息を吹きかけた。

少しぼろぼろになった赤い風車は、ゆっくりと回り始める。




「すごいね!おはながまわってるみたい!」

「あはは、初めて見た?」

「うん!ビャクがつくったの?」



俺が問うと、ビャクは静かに首を振った。



「もらったんだ、結に」

「結??」

「うん…あの池によく来る女の子」



星空を見え上げながら、ビャクはぽつりぽつりと話し出す。



小さな頃から、あの池に"結"という名の女の子が来ていたこと。

不思議な子で、ビャクの姿を見ても驚いたり怖がったりしなかったこと。


優しそうなお父さんと一緒で、とっても幸せそうなこと。

その子がこの風車をくれたこと。


…そしてここしばらく、その子には逢えていないと言うこと。




「…このままじゃ結の顔、忘れちゃう」

「ビャク……」

「……嘘。絶対、忘れない」



伏せられたビャクの瞳は、何だか頼りない。

少し震えた手で風車を仕舞うと、縋るように俺の毛並みに顔を埋めた。


ギュウッと抱きつくように眠るビャク。




(…本当は…)



"僕が、君に居場所をあげる"


"ひとりぼっちになるのが怖いなら、僕が仲間になってあげる"





本当は、誰よりもひとりぼっちになることを恐れているのは、ビャク本人なのかもしれない。

俺を庇ってくれたのは、ビャクが一番、淋しさを理解しているからなんじゃ無いだろうか。




(…ビャクには…おれがいるもん…)



顔を埋めるビャクに鼻先を寄せると、ビャクは顔を上げないまま手探りで俺の鼻を撫でた。


ずっと、ビャクと一緒にいる。

俺の居場所はビャクの隣で、俺の仲間はビャクだけだ。




(ずっと、何があっても…)



丸まって寄り添いながら眠る俺達の頭上で、星が流れた気がした。



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