番外章(六)
└二
―狗神は憑神。
決まった一族に憑いて、富を与える。
しかし忌み嫌われる存在であることは、狗神本体も狗神筋である人間も同じ事。
それを承知での、呪われた契約。
破られる事こそ、狗神の禁忌とする。
そう教えられたのは、まだまだ俺が小さい頃。
自分がどうやって生まれ落ちたかはわからない。
でも、狗神憑きの家族に一人子供が生まれれば、自ずと狗神も増えるのだと聞かされた。
「お前は本当に愚図だな!」
「そんなにぼんやりしてたら立派な狗神になれないぞ」
気がついた時には、同じくらいの大きさの仲間が数匹居て、俺はその中でも落ちこぼれ。
みんなみたいに鋭い牙をむくのは、めっぽう苦手だった。
「そんな事で狗神の血が守れるか!落ちこぼれが!」
「ご、ごめんなさい…」
すでに人間に憑いて長い長老は、いつも俺を叱った。
長老に叱られた日は、俺は決まってしょぼしょぼと背中を丸めながら一人陰でこっそり泣いていた。
「だって…みんなこわいかおばっかりしてるじゃないか…」
狗神は嫌われる存在…
そう思っただけで、胸が苦しくなる。
みんなに嫌われて、疎まれて…
それでも俺たちと契約をしたい人間って、とっても不思議だ。
「おい落ちこぼれ」
草陰に隠れて居ると、周囲の木々がガサッと揺れた。
ハッとして振り返れば、そこには仲間達が居て。
軽蔑するような眼差しで、俺を見下ろしていた。
「こいつまたこんなところで泣きべそかいてるよ」
「本当、弱虫だな」
大きな体の仲間達は、くすくすと笑いながら俺の周りを歩いた。
「お前、噛みつくのもできないんだって?」
「ぷっ!そんなんでよく"狗神"だなんて名乗れるな!」
いつものように俺をあざ笑う。
「…べつに…このんでいぬがみなんかに…」
つい本音が口から零れた。
だって、この世界には八百万の神が居て。
それこそ誰が好き好んで祟り神のようなモノになりたいと願うだろう。
少なくとも、選べるならば保食神や家に憑く神になりたかった。
「意気地無しはいつまでもそこで泣いていればいいさ」
「そうだそうだ!これは人間との契約なんだ、お前は狗神憑きに富を与えられない不名誉を抱えて生きればいい!」
仲間達が牙をむきながら、俺を怒鳴りつけた。
身を竦める俺を見ながら、一頭の狗神がニヤリと笑う。
「…そうだ、俺、もうすぐ狗神憑きとの契約の日なんだ…お前、見に来いよ」
「え……」
「うんうん、最後まで見ていられたら、お前の根性は認めてやる!」
「で、でも…」
戸惑う俺を小突きながら、仲間達は絶対に来いよ!迎えに行くからな!、そう口々に言いながら森に消えていった。
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