ひとりじょうず | ナノ




最終章
   └三十五



「そうだ!あんた!あれあれ!」

「あーそうだった!ほら、みんな弁当だ!」



一頻り、淋しさとは掛け離れた別れを惜しんでいると、庄造さんが包みを私達に渡した。



「俺、おやっさんの握り飯大好き!」

「わ!嬉しい…!ありがとうございます!」


私達はそれぞれお礼を言うと、大事に包みを抱える。



「みんな体に気をつけるのよ!またこっちにも絶対来てよねー!」

「はい!」



しんみりしてしまうと何だか離れられなくなりそうで、私達は努めて明るく言葉を交わした。

そんな中、ずっと黙っていた薬売りさんが、一歩前に出る。


そしてスッと頭を下げた。



『…お世話に、なりました』



予想外の行動に、そこにいた全員が目を見張った。

でも、やたさんだけは表情を崩すと、薬売りさんのように頭を下げる。




「ほんまにありがとう」



私と弥勒くんも、続いてぺこりと頭を下げた。



「や、やだ!みんなして!」

「…ぐすっ」

「ちょ、泣いてるんじゃないわよ!」



絹江さんは頭を下げる薬売りさんの肩をバシッと叩く。




『痛い…』

「薬売りさん!結ちゃんのこと頼んだわよ!泣かせたらまた一対一で怒りますからね!」



薬売りさんは、いつだったか絹江さんに引き摺られていったときの事を思い出したのか、苦い顔をして頷いた。



「やたさんも!弥勒くんをよろしくね!」

「もちろん♪」



絹江さんは、再びパッと明るい笑顔を浮かべる。




「さ!いつまでもこうしてちゃ駄目ね!みんな…いってらっしゃい!!」



"さよならなんて許さないんだから!"


そう宣言していた絹江さんの、餞の言葉。

私達も飛びっきりの笑顔を浮かべて答える。




「―いってきます!!」





何度も何度も振り返りながら、お互い笑顔で手を振り合う。

私達が角を曲がるまで、庄造さんと絹江さん…そして縁ちゃんの笑顔はきえることは無かった。




「さて…」


しばらく四人で歩いていると、やたさんがふと足を止める。




「俺達はここからは飛んでこ〜」

「え……」

「弥勒、あの茂みの陰に行ったら烏になり」

「は、はい!」



やたさんは私達の方を向くと、ふにゃんっと笑った。



「じゃあ…またいつかどっかでな」

「やたさん…色々とありがとうございました」

「こちらこそ!弥勒のことは心配せーへんでね。立派な八咫烏に育とるんからね」



そして薬売りさんにからかうように言う。



「結ちゃんと仲良くな〜。可愛いからってあんまり意地悪したら嫌われるんかもしれへんよ」

『…余計なお世話だ』



ぷいっとそっぽを向いた薬売りさん。

やたさんは肩を竦めると、私にそっと耳打ちする。



「泣かされたら熊野においなーて、慰めてあげるんから」

『………』

「ありゃ、聞こえとった?」

「あ、あはは…」



相変わらずな二人に、苦笑いを零していると、今度は弥勒くんが私の手を取った。



「結!俺、頑張ってくる!」

「弥勒くん!…私も…私も頑張るよ、ちゃんと幸せな未来を見つけるね」

「おう!また迷ったら俺が導いてやるからな!」

「ふふ、頼りにしてる!」



そして私達は、それぞれ逆の方向に足を向ける。

さっきと同じように、何度も手を振りながら。


やがてバサッと音がして、二羽の黒い影が空に舞い上がった。




「…すごい…」



空を見上げて思わず呟いた私の頬を薬売りさんが軽く抓る。




『……阿呆面…』

「…いひゃい…」



薬売りさんはクスッと小さく笑うと、そのまま私の手を取った。

不意打ちの行為に、私の胸はどきんっと跳ねる。



「あ、あの、私達はどこへ…?」

『…結はどこに行きたいんですか?』

「え!?わ、私…?」



急に聞かれても…

どう答えたらいいのかわからず、私は思ったことをそのまま呟いた。




「…私は…薬売りさんと一緒ならどこでも…」

『………っ』



薬売りさんは何故か目を真ん丸くすると、何も言わずに前を向く。

そしてすのままずんずん歩き始めた。



「え?あの、薬売りさん?」

『……心臓に悪い』

「???」



ぽつり、呟かれた言葉の真意を理解できず。

私は首を傾げるばかり。



でも。



ぎゅうっ


さっきよりも強く握られた手が、心強くて…




「……ふふっ」



私も自分の右手にキュッと力を込めた。




『…とりあえず…探しに行きますか』

「え…何をですか?」



問い掛ける私を見て薬売りさんがフッと笑う。




『…結の"彩りある未来"…ですよ』

「…薬売りさん…」

『まぁ、これから先は長いんですから。のんびり、ね』

「……はい!」




―薬売りさんと、歩いて行く。

きっとこれから何があっても、どんなことが起きても。


彼の隣を歩いて行くんだ。


ずっと、ずっと。

この手を取って、歩いて行く。





『…まだまだ旅は始まったばかりですから、ね』



そう呟いて、薬売りさんはゾッとするほど綺麗な笑顔を浮かべる。



「…………」



そんな彼に、不穏に心臓が跳ねたのは…気のせい??




「え、えと…薬売りさん…?」

『…二人旅…楽しくなりそうですね』

「!?」



薬売りさんは、繋いでいた手を軽く持ち上げると、私の手に唇を寄せた。

そしてまたニヤリと不敵に笑った。



「ちょ、薬売りさん!?」

『さ…行きますか。先は長いですからね』



薬売りさんは涼しい顔で歩みを進める。




(だ、大丈夫かな…)




私は一抹の不安と…

その一方で何故かわくわくと踊る胸を隠しながら、それに続いた。




「あ、薬売りさん!桜が咲いてますよ!」




―私達の旅はまだ始まったばかり。

春の日差しに、二人の影が寄り添って伸びていた。


― 最終幕・了 ―


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