最終章
└三十三
「ほら、結ちゃん!忘れ物はない?」
「はーい!」
絹江さんの大きな声に、私は慌てて荷物を抱えて階段を降りた。
草履を履いて表に出れば、そこにはすでにみんなの顔が揃っている。
『―遅い』
「う…ご、ごめんなさ……いひゃっ!!」
むすっとしたまま薬売りさんが私の頬を抓った。
「おい!薬売り!結を虐めるな!!」
すかさず弥勒くんが抗議する。
しかし、絹江さんは弥勒くんを制しながら首を振った。
「違う、違うのよ!アレはアレでね、イチャついてるんだから…!」
「き、きぬえひゃん!」
薬売りさんは若干うんざりした様子で、ピンッと弾きながら抓っていた手を弾いた。
―あの朝、ふたりで手を繋いで帰ってきた私達を見てから、絹江さんに散々冷やかされたのだ。
あまりの恥ずかしさに止めてくれと言おうものなら…
「このくらい我慢しなさいな!なんせ結ちゃんは黙って私達の前から去ろうとした事への懺悔があるんだからね〜」
そう言って、絹江さんは不敵に笑うのだ。
それを言われてしまうと、なかなか強く言えない。
でも、決して本気で怒っているわけではなく。
あの日、涙目で「ぎゃーーー!!結ちゃんが居なくなったーーー!!」と叫んでいた絹江さんを思えば…
こうしてからかうだけで済ませてくれるのは、絹江さんの心の広さなのだから。
『…結のせいです』
「……ご、ごめんなさい…」
その内、台所を片付け終わった庄造さんが顔を出した。
私達の顔を見回して、笑いながらもふぅっと息を吐く。
「なぁにも、みんながみんな同じ日に旅立たなくてもいいのになぁ」
「本当よね〜」
笑いながらも少し淋しそうに、絹江さんと庄造さんが言い合う。
絹江さんに抱っこされながら、赤ちゃんはそんなふたりを不思議そうに見ていた。
―元々、薬売りさんは弥生さんのことが解決したらこの町を出る予定だったらしい。
でも、私の事もあってここまで先延ばしになってしまっていたのだ。
「やたさんと弥勒くんは一緒に熊野。薬売りさんと結ちゃんは…」
「そうよ、結ちゃん達はどこへ向かうの?」
絹江さんと庄造さんが私を見る。
…のにつられて、私も薬売りさんを見た。
『……何です?』
「いや…今更なんですけど…どこ行くんですか?」
「え!結ちゃんも知らないの!?」
驚きの声を上げる絹江さんに向かって、私はこくこくと頷いた。
すると、弥勒くんがビシッと手を上げる。
「じゃあさ!南!南に向かえばいいよ!そうしたら俺達と途中まで一緒だぞ!」
「うわぁぁ…弥勒、それは言ったらいけんよー…」
「そうね…すっごい空気読めてないわ…」
溜息を吐きながら首を振る絹江さんとやたさんを、弥勒くんはきょとんとしながら見る。
「弥勒、あんな…遠まわしに邪魔だって言っとるんやにー」
「や、やたさん、それ遠まわってないわ…超ド直球よ…」
『……結、東西北の内、どこが希望ですか?』
「ちょ、薬売りさんまで!」
私達のやり取りを、何もわからない赤ちゃんだけがキャッキャッと笑いながら見ていた。
「何だよ、もう!俺だってなー、八咫烏様のところで修行したら薬売りなんて目じゃないくらい強くなるんだからな!!」
『……ふっ』
「鼻で笑うなよ!!」
弥勒くんはプンスカ怒りながら、今度は私に向き合う。
「結、俺、強くて優しくて頼れる男になってくるからな!」
「うん…!きっと弥勒くんならできるよ!」
「おう!!」
弥勒くんはニカッと笑うと、懐に手を入れて何かを取り出した。
「俺にはこれがあるからな!」
「あ…!」
そこには私の作った、若草色のお守りがあった。
弥勒くんは再び大事そうにそれを仕舞いこんで笑う。
「俺だってあるもんね〜」
「私も〜」
「あはは、俺もある」
「だー」
やたさんに続いて、みんながそれぞれのお守りを持って笑った。
一瞬、拗ねたような顔を見せた弥勒くんも、すぐに「みんなお揃いだな!」と言ってまた頬を緩めたのだった。
『…さぁ、そろそろ行きますよ』
「あ…は、はい!」
和やかに流れていた空気が、薬売りさんの一言でピリッと引き締まる。
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