ひとりじょうず | ナノ




最終章
   └三十一



「…っく…わ、私には…荷が重いんです」

『…………』

「過去の…ひっく…記憶も…っ自分のした事も…っ背負いきれないから…だから…薬売りさんの言う通りっ逃げるんです…っ」



荷物を抱えていては、涙を拭う事さえ叶わない。

ただ俯いてしゃくり上げる私を。


…こんな風にずるい私を、薬売りさんはきっと軽蔑の眼差しで見ているんだろう。

そう思うと、もう一生顔を上げられないような気がした。



しかし、そう思っていたのも束の間。


薬売りさんは私の顎を掴むと、ぐいっと顔を上げさせる。

お約束のように刺さった爪に、私は少しだけ顔を顰めた。




『…だから何だと言うのです』

「……っく……」

『だから何だと聞いているんだ!!』

「…………っ」



初めて聞く薬売りさんの叫び声に、思わず息を詰めた。

薬売りさんは眉間に深い皺を寄せながら私を見据えていた。




『…人は多かれ少なかれ何かを背負って生きていくんです。例えそれが血に塗れた重い過去だろうと、捨て去りたい禍々しい過去だろうと』

「………っ」

『抱えきれない程の荷を背負って、時には引き摺って…それでも生きていくんです。そうやって生きて初めてその先に"未来"があることを知るんです』

「う……ひっく…」

『荷を背負っているからこそ、"未来"が彩りあるものになることもある…』

「うぅ…ぐず…っ」

『……それが人間という生き物なんです…それでも…それでも抱えきれない荷に押し潰されそうになるから…』




フッと顎から手が遠ざかる。

と、同時に薬売りさんの腕の中に閉じ込められた。




『だから…誰かと寄り添って生きていくんじゃないんですか…』




ギュウッと力の込められた腕。

ふわりと鼻を擽る、薬売りさんの香の薫り。




「〜〜〜〜〜っっ」



私はもう声を出すのすら難しくて。

ただただ零れる涙が、薬売りさんの青い着物に吸い込まれていく。




『…一緒にいればいいじゃないですか…』



薬売りさんが私の首元に顔を埋めながら、ぽつりと呟いた。

そのまま彼の手が私の後頭部の髪を梳くように撫で付ける。


その手つきがあまりに優しくて…

私の涙腺は崩壊したままだった。




『…私と結のふたり…それだけで十分でしょう?』




朝方の空気はまだまだ冷たくて。

それなのに、薬売りさんだけが暖かくて。


―あの日、赤い世界で見た一点の青を思い出した。

劈くような耳鳴りの中、涼やかに耳に響いたあの声を…思い出した。


腕の中でしゃくり上げる私を、薬売りさんが窺うように私の耳に唇を寄せる。




『……結?』

「……っ…で、でも…」

『…………』



何かを言いたくても、頭がぐちゃぐちゃになってしまって。

涙を堪えて跨いだ扇屋の敷居とか、みんなの部屋にそっと置いてきた手紙とか。


さよなら薬売りさんとか、もう頭の中でぐるぐる回ってしまって…

どうにか出た言葉が「でも」だった。


しかし、それを薬売りさんが大人しく聞き流す訳無い。




『…でも…?』




明らかにイラッとした声で薬売りさんが聞き返す。

そしてゆっくりと腕を解いた。



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