最終章
└十六
「ほら、抱っこして…」
「………わっ」
真っ白で綺麗な布に包まれた赤ちゃんが、絹江さんの傍に寄り添う。
まだ目元に涙を溜めてる赤ちゃんは、小さな口をもぞもぞと動かした。
「…よかった…」
絹江さんは小さく呟くと、ぐすんっと鼻を啜った。
そして優しく赤ちゃんを覗き込みながら呟く。
「…ようこそ、この世界に…これからいろんな事があんたを待ってるからね」
絹江さんの言葉に、私の胸も熱くなる。
言葉に出来ない込み上げる思いを、一寸でも逃さないように私は自分の胸の前でギュッと手を結んだ。
「…結ちゃん、ありがとうね」
「え?」
「あんた、今、良い顔してるよ?」
絹江さんは私を見てにっこりと笑う。
それは今までと同じようで、ちょっとだけ違う。
(…きっとこれが"母親"の顔なんだろうな)
そんな事を思った。
「結ちゃん…あんたも今日が始まりだね」
「…絹江さん…」
「この子も、結ちゃんも…」
赤ちゃんと私を交互に見つめて、絹江さんは目を細める。
「ありがとう……生まれてきてくれて、ありがとう」
「………っう…」
"ほら、結、女の子は裁縫も出来ないと。練習すれば私やお母さんみたいに着物も縫えるようになるからね"
"まぁ、結、字が上手になったわね!お父さんが喜ぶわよ"
"結、ほらこっちにおいで!…君は僕の宝物だから…"
"結はお父さん達の、大切な宝物だよ"
"―生まれてきてくれて、ありがとう"
「…っうぁ…ひっく…うわぁあああん」
「え、結ちゃ…」
「…ふぇっおぎゃぁあおぎゃぁああ」
「あぁー…あははっ」
私は絹江さんに縋りついてまたたくさん泣いた。
私の声にびっくりした赤ちゃんと同じくらい。
絹江さんは笑いながら、赤ちゃんと私をぽんぽんとあやす様に抱きしめる。
「おいおい…こりゃぁ…」
廊下からそっと庄造さんが顔を覗かせる。
絹江さんの胸に抱かれる赤ちゃんに頬を緩めながらも、一緒に泣く私を見てポリポリと頭を掻いた。
「あはは!すごいでしょ!私、一気に二人も産んだ!」
「…ぷっ!はははは!!さすがだなぁお絹ー」
庄造さんはおどけるように肩を竦めると、大きなたくましい腕で絹江さんと赤ちゃんと私をギュウッと抱きしめる。
「ちょ、もう!赤ちゃんと結ちゃんが潰れる!」
「ははは!いいじゃねーか!」
…そんな二人の笑い声と、二人の泣き声がしばらく夜の扇屋に響いていた。
五ノ幕に続く
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