最終章
└十五
…その時だった。
一瞬、涼やかな風が頬を撫でていった気がした。
『…結』
名前を呼ばれて、ぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「…あ……」
そこには、前に弥生さんのお屋敷で見た、銀髪の人がいて。
ジッと私を見下ろしていた。
まだしゃくり上げるように呼吸する私を見て、静かに口を開く。
『…身を二つに斬られるだけが…贖罪と思ったか?』
「……っく……」
部屋の中のはずなのに、まるでそこは真っ白な世界のようで。
私は涙で歪む視界から、銀髪の彼を外すことが出来ない。
『…この世は表裏一体』
「え……」
『善と悪…恋しさと憎らしさ…そして終わりと、始まり』
彼はスッと手を伸ばすと、私のおでこにその大きな掌を当てる。
私はそのまま目を閉じた。
『…全てを抱え…全てを受け止め…』
(あ……薬売りさん…?)
耳に届くのは、あの優しい声。
真っ赤な朝焼け中、涼やかに響いた、薬売りさんの声…
『…ここから始め直せばいい』
「…………っ」
頬を伝う涙を、緩い風が乾かしていく。
ほんのりと鼻を擽る、薬売りさんの香の薫り。
『…これをもって過去からの柵を…』
『斬る』
ざぁ……っ
「………っ!」
目を閉じたままの私を、風が駆け抜けていく。
涙と一緒に、体が少しだけ軽くなるような感覚。
"―結"
…お父さんとお母さんの声が聞こえた気がした。
「――ぁあ」
急に周囲の音が戻って、私はそっと目を開けた。
「おぎゃぁあっおぎゃあっ」
「―!!」
ハッとして絹江さんの方を振り返る。
「産まれた…!絹江ちゃん!元気な女の子…!」
産婆さんの声に続いて、助産婦さんの安堵の溜息が漏れる。
「き、絹江さ…っ!」
私は上手い言葉が見つからなくて、彼女の傍に乗り出した。
絹江さんは息を荒げながら、泣きそうな顔で頷く。
そして、私に向かってニカッと笑うと、グッと拳を握った。
「…やった…!!!」
「やったって…もう、絹江さんったら…!」
私と絹江さんは泣いているのか笑っているのか、どっちつかずの顔でまたお互いの手をギュウッと握り合った。
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