ひとりじょうず | ナノ




第九章
   └十四



「………………」



白夜は呆然としながらカタカタと震えていた。

自分でも無自覚だったことを掘り起こされるのは、決して平穏な事ではない。


薬売りは小さく息を吐くと、ゆっくりと白夜の顎から手を外そうとした。




『………っ!?』



ひゅんっ





風を切る音が聞こえて、咄嗟に身を引いた瞬間、刃が鼻先を横切る。

体勢を立て直して白夜を見れば。


刀を構えたまま、ゆらりと薬売りの方へと近づいてきていた。




「……………」



表情を失った顔に、赤い瞳が揺れる。


それはまるで焔立つ炎のようで。

さっきまで少しだけ幼さを纏っていた白夜の姿ではなく。





『……鬼…』




撒き散らす空気は、禍々しい鬼そのもの。

不穏な空気を感じ取ったのか、森の鳥達が騒ぎながら飛び立っていった。




『…ちっ』



不覚にも背中に走った寒気に薬売りは舌打ちをすると、退魔の剣を構えた。




「うわああぁあぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」



『!?』


(しまっ……!)





どぉんっ




白夜が叫んだと共に、薬売りの体が吹き飛ばされる。

見えない力は薬売りを大木に叩き付けた。




『ぐ…っ!』



背中に受ける衝撃に、薬売りは一瞬上手く呼吸が出来ない。

体の中に響く鈍い痛みに、眉間に深い皺が刻まれた。


荒い呼吸を整えながら、薬売りは後悔の念に苛まれる。


白夜は幼さが残ろうが、人ならぬ。

鬼なのだ。


結を連れて来た切欠の後ろめたさからか、まだ残る幼気さからなのか。

それとも、白夜の結に対する執着にも似た愛情を、少なからず理解できるからか……



ゆらり、ゆらりと自分に向かってくる白夜。

身を翻そうとしたが

『…!!』

貫くような痛みが胸に走って思うように体が動かない。


白夜を睨みながらどうにか退魔の剣を構える。





「…………あなたにはわからない」

『…はぁ…っはぁ…っ』



揺れる炎のような瞳を、少しだけ悲しげに細めると白夜は手にしていた刀を振り上げた。




「結の絶望も…僕の孤独も…」




高々と上げられた刀は、ギラリと光った。

痛みに薬売りの視界が霞む。


薬売りは退魔の剣を握り締めると、よろけながら背中を大木に預けた。





(……結……)



そっと呼ぶその名前は限りなく甘く。

思い浮かべる姿は、柔らかな笑顔。



酷く悲しそうな表情の白い鬼は、間近に迫る。





「…誰にもわからない」



そしてそれは、綺麗な弧を描いて薬売りの首に下ろされた。

終幕に続く

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