第二章
└二
「あ、結ちゃん!」
「美園ちゃん!」
町中の御茶屋に向かうと、軒先から元気な声。
このお店の看板娘の美園(みその)ちゃんだ。
「わ、美園ちゃん、可愛い帯飾りだねぇ!」
「えへへ、でしょー」
最近になって外出が許された私には、初めての同年代のお友達だ。
絹江さんや庄造さんにも随分良くしてもらっているけれど、やっぱり年の近い子との会話は特別なのだ。
「もしかして…例のお侍様から?」
こそっと耳打ちすると、美園ちゃんは耳を赤く染めて笑みを零した。
「うふふふー、そうなの!昨日ね、もらったんだ!」
もじもじと帯留めをいじる美園ちゃん。
「ふふっ、美園ちゃん嬉しそう〜」
「もう、やめてよ結ちゃんったら〜」
二人で顔を見合わせてクスクス笑う。
(美園ちゃん、本当に嬉しそう)
そう、美園ちゃんはただいま恋をしているらしい。
たまにこのお店に来るお侍さんで、美園ちゃんが言うには、とってもいい男でとっても優しいらしい。
「おやおや、娘さん達は元気だなぁ」
「あ、旦那さん!」
私達がきゃっきゃと店先で騒いでいると、奥から御茶屋の旦那さんがやってきた。
「結ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは」
旦那さんは目元の皺を優しく深めた。
「ちょうどよかった、美園ちゃん休憩にいっておいで。ほら、お団子もあるし結ちゃんと行ってきたらいい」
「わぁ!旦那さん、ありがとう!」
「いいんですか、私まで…」
「いいのいいの!ほら、結ちゃん行こう!」
美園ちゃんは遠慮する私の腕をグイッと引っ張ると、いつもの川原へと向かった。
私達は木陰に腰掛けると、旦那さんから頂いたお団子を頬張った。
「んー、いつ食べても美味しい!」
「ね!うちのお団子は最高でしょ!」
この川べりは、最近の私達のお気に入りなのだ。
サラサラと涼やかな音を聞きながら、私達はおしゃべりをする。
今日の話題は専ら美園ちゃんの想い人について。
「ね、聞かせてよ、帯留めもらったときの話!」
「え〜…えへへ…あのね…」
美園ちゃんは照れながらも、満更でもないというように話し出した。
「あのね、昨日の夕方、急に彼が御茶屋にきてね。"あなたに似合うと思って"ってこの帯留めをくれたの」
「へぇ〜…」
(…ん?何か聞いた事あるな…)
美園ちゃんの話を聞きながら、チラリと先日の紅玉の簪が頭をよぎった。
(ま、まさかね!)
「結ちゃん?どうかした?」
「う、ううん!それで?」
慌てて美園ちゃんに続きを促す。
「それでね、もう御茶屋を締めて家に帰る所だって話したら、『最近は物騒だから』って家まで送ってくれたの!」
「へぇ!本当に優しいんだねぇ」
「うん、結ちゃんもそう思うでしょ!?あ、そうそう名前もわかったの。義國(よしくに)様って言うのよ…お名前まで凛々しいの!」
美園ちゃんは頬に手を当ててうっとりとした表情を浮かべている。
その姿が何とも愛らしくて、私は思わず頬を緩めた。
「美園ちゃん…彼の事が大好きなんだね」
私の言葉に、美園ちゃんはまた帯留めを指で弄ぶ。
そして、ゆっくりと頷いた。
「私ね、本当に本当に義國さんが好きなんだ…」
「うん…美園ちゃん、義國さんの話してるとき、とっても幸せそう」
「あは、そうかな?うん、なんだか想っているだけで幸せ…」
私達は微笑みあって、流れる川を見ていた。
「そう言えば…」
美園ちゃんが思い出したように口を開く。
「結ちゃんは?」
「うん?」
「好きな人とか、いい関係の人とかいないの?」
「え、えぇ!?私!?」
「結ちゃんだって好きな人くらい、いるんでしょ?」
興味津々といった目で見る美園ちゃんに、慌てて首を振った。
「わ、私はそんな…」
「えぇ!?嘘、いないの!?」
美園ちゃんは大げさに驚く。
「え、そ、そんなに変かな?」
「変よ!年頃の娘が恋の一つもしてないなんて!」
「そ、そうかな…?」
「そうよ!!」
勢い余って私に詰め寄る美園ちゃんから逃れながら、ふと考える…
(…そんなに変かなぁ…?)
今まで、どんな人が周りにいたかもわからない私…
自分が恋をしていたかどうかなんて、皆目見当が付かない。
「ね、最近すてきな人に出会ったとか、無いの?」
「う、うーーーん…」
最近会った人…
「あ、扇屋の庄造さんはすごく優しいし逞しいし、お料理も上手!それに絹江さんを本当に大事にしてて素敵かな!」
「はぁ?…そう言うんじゃなくて…他には?」
「え?えーーーと…」
他にはと言われましても…
(「小太郎さんは素敵だったよ!妖狐だったけど」…とか言えないし…)
「あ!あの青い着物の彼は!?」
「青い着物…あ、薬売りさん?」
「そうよそうよ!彼、結構いい男じゃない!」
「い、いや、薬売りさんは…」
(どちらかというと恩人だし…)
煮え切らない私の返事に、美園ちゃんは大きく溜め息を吐いた。
そして私の肩をがっしりと掴む。
「いい?結ちゃん」
「は、はいっ」
「もし特定の誰かに、とってもとっても会いたくなったり、その人の事を考えると胸がドキドキしたり苦しくなったり…でもすごく幸せな気分になったり」
「…うん」
「それが恋の始まりだからね」
黙ったままこくりと頷く私を見て、彼女はふふっと笑った。
「私、薬売りさんと結ちゃんはお似合いだと思うわ♪」
「えぇぇぇ!?な、なんで!?」
「あ!いけない!のんびりしすぎた!お店に戻らなきゃ!」
「あ、ちょ、美園ちゃん!」
戸惑う私を残して、美園ちゃんは手を振りながらお店に戻っていってしまった。
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