第二章
└一
「今日は何処まで行くんですか?」
カチャカチャと薬箱を用意している薬売りさんに話しかける。
『昨日と同じお屋敷です』
薬売りさんは視線を上げないまま答えた。
「ふぅん…お得意様になってくれそうですねぇ」
『…薬だけじゃなく、ね』
意味ありげに薬売りさんが笑う。
(う…目が笑ってないし…)
私は取り繕うように苦笑いした。
(…って事は…"いる"のか…)
――薬売りさんは薬屋さんです(当然だけど)
でも、もう一つ。
仕事…と言っても生業では無い(と、思う)
それは、モノノ怪を斬る事。
…ただ単に斬るのでは無いらしい。
『あるべき姿に。居るべき場所に戻しているだけです』
そう、言ってた。
(…って、私、薬売りさんの事、全然知らないや)
ぺしんっ
「いてっ」
『聞いているんですか?』
「す、すみません…」
私は薬売りさんのおでこ叩きと冷たい視線を受けながら、肩を竦めた。
『ったく…そんなにぼんやりしてるなら、また外出禁止にしますよ?』
「え、わ、ごめんなさい…!ちゃんと聞きますから!!」
慌てて姿勢を正す私を見て、薬売りさんは小さく溜め息を吐く。
『…いいですか?前にも話したとおり、結はおかしなものに魅入られやすい状態です。本当はあんまりうろうろさせたく無いんですが…部屋に閉じこめておくわけにも行かないので仕方なく許可したんですからね』
「は、はい…」
今日の薬売りさんはずいぶん良くしゃべる…
相変わらず無表情だけど。
『…だから今日も私と一緒に連れて行くわけに行きません』
「そう、なんですか…」
『くれぐれもおかしなものに近づかないように』
「はぁい…」
『…代わりと言っては何ですが、お守り役を置いていきます』
「お守り??」
リリン…
薬箱の引き出しを開けた薬売りさんが、掌に何かをのせている。
「あ…これ…」
綺麗な色をして鈴をつけた"天秤さん"。
天秤さんは薬売りさんの掌の上で、くるりくるりと回った。
「あはは、可愛い!」
どう見ても普通の天秤とは違う。
なんでも、重さを量るのではなく、モノノ怪との"距離"を測ると言うのだけど…
(…結局よくわかんないや…)
天秤さんは薬売りさんの指先にちょんっと乗った。
可愛らしく見えるその動きも、本当ならば驚き腰を抜かす所なんだろう。
でも、薬売りさんと一緒にいれば、なんら不思議な事に思えなくなる。
動いて当然とまで思えてしまう。
慣れって怖いのだ。
『ほら、結、手を出して』
薬売りさんは私の手を取って、天秤さんに語りかける。
『留守中、この子のお守りを頼みますよ』
リリンッ
天秤さんはまるで返事をするかのように鈴を鳴らすと、ふわりと私の掌に飛び移った。
「ふふふっ、天秤さん宜しくお願いします」
小さく鈴を鳴らしながら、ゆらゆらと揺れる天秤さん。
お辞儀するように傾いた後、くるくると楽しそうに回った。
(可愛い!!)
指でつつきながら天秤さんと戯れている私を、薬売りさんが冷ややかに見ている。
『まぁ…あまり大っぴらに人の目に晒さないように。騒がれても面倒ですから』
「はい、お出かけするときには懐に隠していきます!」
『懐……』
「…何ですか、じっと見て……?」
『…だいぶ隙間があるようですし、天秤も苦しくないでしょう』
「ち、ちょっと!!!」
なんて失礼な!!女性に向かって!!!
薬売りさんは憤る私を横目で見て、にっこりと笑うと仕事に出かけていった。
一人部屋に取り残された私は唇を噛む。
「く、悔しい…っ」
リリンッ
「天秤さん…慰めてくれてるの?優しいのね…」
天秤さんは私の肩でくるりと回ると、ひょいっと懐に滑り込んだ。
「ちょっと!!!!天秤さんまで!!!そんな楽々入り込まないでよね!!!」
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