第九章
└一
― 一ノ幕 ―
その日、私は洞穴で目を覚ました。
いつもとは違う感触に目を擦ると、私を包むように丸くなったベニちゃん。
そして目の前にあるのは、見慣れた涼しい顔ではない。
「…………」
「…ん…結…?」
眠そうに目を擦りながら、彼はゆっくりと起き上がる。
「…眠れた?」
「うん…白夜は?」
私の質問に、白夜は悪戯っ子のように笑った。
「あ……」
その視線の先には、キュッと結ばれた白夜の手と私の手。
それを彼は嬉しそうにゆらゆらと揺らした。
「良く眠れた、久々に」
「…うん」
「んーーー、みんなもうおきたのー?」
私達の会話に、横たわっていたベニちゃんが大きく欠伸をする。
そして犬がするそれのように、ぎゅーっと体を伸ばした。
「…ベニは空気を読むとかしない訳?」
「えぇ?なにが??」
きょとんとするベニちゃんに、白夜は呆れたように溜息をつく。
「ったく…」
ゆっくりと私の手を解くと、白夜はそのまま立ち上がって洞穴の入り口まで歩いていった。
洞穴から覗く木々が、朝日にキラキラと輝いている。
今まで何度も朝の風景を見てきたのに、それはまるで初めて見るもののようで…
いまいち昨日の出来事に現実感を持たせない。
(…薬売りさんが…いないからかな…)
ぼんやりとそんな事を考えていると、朝日に照らされる白夜の後姿が目に飛び込んできた。
"それって後悔してる顔?"
昨日の白夜の言葉。
否定の言葉を紡ぎつつも、本当は自信が無かった。
(…きっと…私のせいだ)
白夜の横顔は、ずっと不安がっている子供のようで。
その理由は私にあることは、すぐにわかる。
(私のために迎えに来てくれたんだよね…)
彼に対して、心から御礼を言えないのは私の我侭だ。
でも…
口先の言葉は、きっと白夜にはすぐにバレてしまう。
それに、まだそこまで自分の心が着いて行ってない…
「結?」
「あ…うん?どうしたのベニちゃん?」
「ううん、まだねぼけてるのかとおもって」
いつの間にか俯けていた顔を上げて、ベニちゃんに笑顔を向ける。
ベニちゃんは少し首を傾げた後、白夜を見やった。
「ビャク、何か待ってるの?」
「…………」
そう言えば、白夜はずっと同じ方向を睨むように見つめている。
「白夜…?」
「…………」
「え?」
白夜は小さく何かを呟くと、フッと息を吐いた。
「ベニ、僕ちょっと下に降りてくるから」
「え?おれは?」
「結と一緒に遊んでて」
「え!?いいの!?」
ベニちゃんは白夜の言葉に、ぴょこんと跳ねるとそのまま私に鼻先を寄せた。
「やった!やっと結と遊べる!」
「きゃっ、ベニちゃんくすぐったい!」
「こら、ベニはしゃぎすぎ。ちゃんと留守番しててよね」
振り返った白夜は呆れたように呟く。
でも、何だかその表情は固く見えて。
私は思わず彼の顔をジッと見つめてしまった。
白夜は私の視線に気付くと、柔らかく微笑んでこちらに向かってきた。
「…少し出かけるけど…昼に一度戻るよ」
「どこに行くの?」
私の質問に答える事は無く、白夜はそっと私の頬を撫でる。
「…ちょっと用事。すぐに戻るよ、結のために急ぐから」
「…あ……」
白夜は軽く私の頬に唇を寄せると、そのまま洞穴の入り口を飛び降りていった。
(……白夜…?)
白夜は何を考えているんだろう…
用事って…もう薬売りさんの所に行ったりしないよね?
"結の世界を守ってあげる"
ちくんっと胸が痛んだ気がして、私は頬に手をあてたまま洞穴から覗く景色をずっと見ていた。
→1/17[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]