ひとりじょうず | ナノ




番外章(五)
   └十



(…母親に話す、か)



僕は結に言った言葉を、もう一度思い出していた。

傍らではベニがスヤスヤと寝息を立てている。




(僕は…もしかしたら…)




過ぎる予感に、心臓が軋む。



あの日の夜、結に何が起こっているか知った時。

視界の隅に、少しだけ揺れていた女物の浴衣。





「…僕は……」



心臓が軋む音が一段と大きく響いて、僕は跳ね起きた。




「んー…ビャク??」

「……結……結が…」

「結?きてるの?」

「ベニ、行くよ!」




―僕はもしかしたら、とんでもない事を言ってしまったかも知れない。

彼女の絶望の花を開かせる一端を担ってしまったかもしれない。





「…結が壊れる前に…早く…!」



ベニの背中にしがみついて、夜明け前の空を駆ける。




「早く…!結……!!」




ベニが大きく身を翻して、走りを止めた。

僕は飛び降りるように、一番近い木の枝に移る。




「……!?」



朝焼けに燃える景色の中、僕が目にしたのは


「…結…っ」


壊れた心を引き摺る結。




真っ白な彼女は赤く染まって。

もうあの大きな瞳には、何も映っていない。




「……あ…」




笑顔の可愛いあの子。

あの池から見える小さな空が好きだと言ったあの子。


傷ついても、自分だけは汚れないと信じていたあの子…





「……結!」




今すぐに結を抱きしめたくて。

彼女の世界を取り戻したくて。




「…っ!?」



でも、赤い景色の中に一点の青が入り込む。




『…私と来なさい』




その男は、結に手を差し出した。

小さく微笑むと、手を取る。




「ビャク!結がいっちゃうよ!?」

「……あの男…」

「おいかける?」




今にも飛び出そうとするベニを、僕は手で制した。




「なんで!?結が……」




不満そうに歯噛みしていたベニが、僕を見てビクッと体を揺らした。

僕自身、沸きあがる苛立ちに気付いている。




「あの男……笑ってた…」

「ビャ、ビャク…」

「…………」



赤く燃える道を、青い着物の男が結を抱えて消えていく。




「…ベニ、今は見逃そう」

「え……」




とにかく今は、この地獄のような家から一歩でも遠くへ。


…今は、ね。




「…結が元気になったら迎えに行こう」

「…うん!」




君の世界は、僕が守る。


だから、今はただ何も考えずにお休み。

それまでに、僕が君の世界を救ってみせるから。



その時は、僕と一緒に……



二、白夜・了



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