番外章(五)
└五
―――……
「結…あなたは家族殺しの…鬼なんだから」
暗い森の中に、ぼつぼつと雨の雫が落ちる。
悲惨な出来事に記憶を失くしてしまった懐かしい幼馴染に、私は心無い言葉をぶつける。
私の心を覆った黒い雲は、ずっと晴れる事は無かった。
まるで今夜の空のように。
私の手を握って笑った、小さなあの子を憎んで僻んで…
「よ、し乃ちゃ……」
私の刃のような言葉に、結は呆然とした表情でただ涙を流した。
「あ……」
その姿を見た途端、私の胸はズキリと痛む。
"よし乃ちゃんは結のお姉ちゃんだね!"
誰からも愛された、可愛らしい結。
どこの生まれかも曖昧な私を慕ってくれた。
幼い頃にもちょっとした喧嘩でべそをかかせた事もあった。
でも、今……
私は初めて本当に、本当に彼女を傷付けてしまったんだ。
"よし乃ちゃん!"
きっと、きっと可愛いあの子の心はもう元に戻らない。
私が、叩き壊してしまった。
―――……
「よし乃…一体何があったんだよ…」
覚束ない足取りの私を、秀太郎が支えた。
私はまるで心に幕を張られたように、上手く話せない。
(…結…)
記憶を失くしている間の結もこんな感じだったろうか?
私にこじ開けられた記憶は、きっと彼女を苦しめているだろう。
ずっとずっと一緒だった。
私を慕ってくれるあの笑顔が、本当に可愛くて仕方なかった。
それなのに、つまらない僻みと羨望は、結を深く抉る様に傷付けた。
"ずっとずっと一緒だね!"
あの小さな手は、きっともう私を捕まえない。
…結、本当はね?
再会できたら言いたかったことがあったの。
"大丈夫、だって結は私の可愛い妹なんだから"
「……ごめん、ね……」
ぽつりと零れた言葉は、もうこの白い世界からはあの子に届かない。
流れる涙もただ虚しいだけ。
でもね、結。
本当は…本当は大好きだよ…
一、よし乃・了
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