ひとりじょうず | ナノ




第八章
   └二十四



頭を殴られたような衝撃が、容赦なく私を責めた。



どくんっどくんっ



軋む心臓に支配されたみたいに、白夜の声がぼんやりと聞こえる。




「血に塗れて絶望の淵に立って…そんな結の心の闇は美しかった?」

『……何、を…』

「禍々しいものを好むのはその裏家業の影響?それともあなたの個人的な趣味なのかな?」




小馬鹿にするような口調の中に、薄っすら滲む軽蔑の響き。

いつもの薬売りさんなら、ぶちぎれて嫌味のひとつふたつ返すはずなのに。





(…それは…図星、ってこと…?)



「どちらにしろ、人助けじゃないよね。だって…結に手を伸ばしたあなたは一瞬薄ら笑いを浮かべてた。まるで珍しい蝶を見つけた子供の様だったよ」

『…………』

「隙あらばもう一度あの状態の結を見たかったんじゃないの?」






"そうなんですか?白夜の言っている事は本当ですか?"



そう聞きたいのに、私の口は凍ったように動かない。

そして薬売りさんも何も答えなかった。





「…今の話、本当かよ…」



固まる私の代わりに、誰かが声を出してくれた。





「あ…弥勒くん…」



廊下の方に目を向けると、そこには薬売りさんに続いてきたであろう、弥勒くんとやたさんの姿があった。




「答えろよ…薬売り…」




弥勒くんの声が震えている。


彼の表情は今までに無いくらいに怒りに満ちていて。

金色に染まる瞳が恐ろしいほどにぎらついていた。





「答えろって言ってるだろ!!」



そう怒鳴りつけると、弥勒くんは包帯の巻かれた腕で薬売りさんの胸倉を掴んだ。




「弥勒くん止めて!」



弥勒くんの勢いに驚いて、私は思わず声を上げた。

ハッとした二人が私の方を見る。




「……っ!」



瞬間、薬売りさんと視線がぶつかった。



『…………』



でも。




(あ………)




その視線は、気まずそうにすぐに外されてしまう。



もう…それだけで十分だった。


白夜の言っている事は、きっと薬売りさんの本心だ。

だから、私にずっと理由をぼかし続けてきたんだろう。





"何でって…拾ったんですよ"





「…薬売り、お前結を助けたくて連れてきたんじゃないのかよ…」




弥勒くん、もういいよ。




"そんなこと…どうだっていいじゃないですか"




「結が心配で自分の傍を離れないようにしてたんじゃなくて…結を自分の手元に閉じ込めたかっただけでしょ?」




白夜、もうわかったから…





"あなたが…好きです"





「…鬼に魅入られた娘を、独り占めしているのは楽しかった?」

「…めて…」



白夜は腕の中の私を見た。

私は頬に流れる涙を拭えないまま、小さく首を振る。




「…もう…やめて……」




消え入りそうな声に、白夜は小さく「…ごめん」と呟いた。

そして改めて私を抱きかかえると、窓の方に向かって声を掛ける。




「ベニ!そこにいるだろ?」

「いる」



そう答えた紅い影が、音も無く窓辺に降り立った。



「…あ!お前…!」



弥勒くんは怒ったように声を上げる。




「あ、さっきけんかしたやたがらす!だいじょうぶ?いたかった?」

「お、おう…?今はそれ程でも…」

「ベニ!何を暢気に会話してるんだ!」



白夜はうんざりした様子で止めに入る。




「とにかく…」

「………っ」



仕切り直すように大きな声を上げると、白夜は私を抱きかかえて立ち上がった。




「…僕はこれ以上、あなたの傍に結を置かせるつもりはない…あんな状態の結に惹かれて、ましてやまたそれを垣間見る機会をこっそり窺ってるなんてね」

『…待て』

「待たないよ。行こう、結」




白夜は冷たく言い放つと、ベニちゃんの方へと足を進める。

私は彼に抱き上げられたまま、どうしたらいいのかもわからず、何も言えないままでいた。






『…結!!』



ぱしっ



「…!!」





咄嗟に手を伸ばした薬売りさんが、私の手首を掴んだ。



「あ…薬売りさ…」

『…っ……』


(……あ………)





ほんの一瞬だった。

ほんの一瞬、薬売りさんの瞳が迷った。


そして掴まれた手首は、ふっと離される。





「…………」



呆然と薬売りさんを見つめたまま、彼の姿が少しずつ遠ざかっていく。

薬売りさんは、目を丸くして自分の手を見ていた。





「結!」

「ベ、ベニちゃん……」

「さ、行こう」



白夜は私を抱えたまま、ベニちゃんに跨った。

そして振り返って部屋の中の三人を見据える。




「じゃ…そう言うことで」

「ちょ、待てよ!」



弥勒くんの声に、白夜は悪戯っ子のように笑った。




「ははっ!だから待たないって。じゃぁねー」




白夜の声を合図に、ベニちゃんが大きく飛び跳ねる。





「結……結ーーーーー!!!」




飛び出した夜空に弥勒くんの声が響いた。




「……………」




…私は何の声も出せないまま、どんどん小さくなっていく扇屋の屋根を眺めていた。



冷たい風が頬を撫でていって、涙の跡を乾かしていく。


私の頭に、最後に見た薬売りさんの顔が焼き付いて離れない。

ぎゅうっと締め付けられる胸の苦しさに、乾いたはずの頬をまた涙が伝っていった。





「…寒い?」



白夜は私の様子に気がついているのか、自分の頬を私の髪に擦り付けるように抱きしめた。

多くを聞いてこないのは、あの頃から変わらないんだな…


ぼんやりとそんな事を思う。




「結、もうすぐ夜が明ける」




ふと白夜の見つめる先に視線を向ければ、暗い夜空の端がじんわりと白じんでいた。






(あぁ……夢が、終わる…)




長く見ていた幸せな夢から醒める時は、こんな感じだろうか?

私は、これ以上明るくなる空を見るのが怖くて、ギュッと目を瞑った。




「…着くまで少し寝てるといいよ」

「……ん…」



宥めるように髪を滑っていく白夜の手の感触に、縋るように私は彼の胸に顔を埋める。



もう、扇屋も…

一緒に過ごしたあの町も、見えなくなっていた。



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