ひとりじょうず | ナノ




第八章
   └二十三



― 終幕 ―

勢い良く開いた襖の先に居たのは、他でもない薬売りさんだった。




『…貴様』



ギリギリと歯軋りする音が聞こえている。

二人は一寸も動かずに睨みあっていた。




「く、薬売りさん!」



私の声にハッとしたように、視線を動かした。




『結…離れなさい』

「で、でも…彼は…」



傍らの白夜を見上げると、彼はニコリと笑って肩を抱く手に力を込める。




「"貴様"だなんて、随分ご挨拶だね、"薬売りさん"?」

『…何の用だ』

「ハッ!白々しいな。そう言うの僕嫌いだよ」




顔は笑っているはずなのに、白夜からは冷たい空気が流れていた。

少し長い白銀の前髪から覗く瞳は、今までに見たことも無いくらい赤々と燃えている。




「白夜!薬売りさん!ちゃんと話を…」

『……お前の好みなど聞いていない。何の用だと聞いている』

「ふん、君こそ何なの?僕がわからない訳じゃないでしょ?」




私が言葉を挟む間もなく二人の言い合いは続く。


見えない火花が散っているようで、背筋に冷たいものが走った。

きっとこのままじゃ、血を見ることになりそうな…




(駄目だ…止めなきゃ!)



「待って!白夜!どうしたの?何でそんなに薬売りさんに突っかかるの!?」




思わずギュッと彼の着物を掴んだ。

白夜は私を見ると、また怒りとも悲しみとも言えない表情を浮かべる。




「…白夜?」

「何でって…?だって白々しいだろ?」




声を震わせながら彼はそう呟くと、私の頬を包むように両手で挟んだ。





「だって、こいつ等はもう結の過去の事、全部知ってるんだよ?」

「―――えっ」






全身の…本当に全身の血の気が一気に引いていった気がした。

静けさが耳に痛い。




「…知、ってる?え…全部って…」




ぐらりと視界が揺れる。





「結…!」



力の抜けた体を、白夜が支えた。




…知られてしまった。

薬売りさんに、全て知られてしまったんだ。



私がした事も、私がされた事も。






「……っ」




怖くて薬売りさんのほうが見られない。




今の結は真っ白で無垢な状態なんです




記憶をなくした私に、薬売りさんはそう言ってくれた。

でも、でも本当の私は…?





「……や、だ…」



視界が歪んで、全身ががくがくと震え出す。

白夜はそんな私をしっかりと抱きとめた。


薬売りさんが『ちっ』といつもの舌打ちをしたのが聞こえた。





「それとこれだけは教えて欲しいんだけど…」



白夜は再び薬売りさんの方を見やる。

そして一息置くと、鋭い声で問う。





「あなたはさ、どうして結を連れ去ったの?」



どくんっ




「…白…っ!」

『……………』




どくんっどくんっ




「そ、その話は…」



青褪めて首を振る私を、白夜は不思議そうに見た。




「何で?…僕はどうしても知りたい。結だってそうだろ?」

「そ、それは…」

「ていうか…結は知るべきだよ」



私を抱く白夜の手に力が篭った。




「あの男が…どうして見ず知らずの結を手放さないか」




どくんっ




「…さぁ答えてよ?僕はあなたがここまで他人に執着するほど情があるとも思えないんだ」

『…………』




恐る恐る薬売りさんの方を見ると、彼は眉間に深い皺を刻んだまま白夜を睨んでいた。


でも…

私は気付いてしまった。


薬売りさんのその表情に戸惑いが浮かんでいる事に…





「…あなたはモノノ怪を斬るみたいだけど」




白夜の言葉に、薬売りさんの眉がぴくりと動く。




「あの日、結があの禍々しい家から出て来た時に、本当に偶然通りかかったの?」

『……っ』

「僕は…あなたが結の所に"引き寄せられた"ってのが正解だと思うけど」




私は混乱する頭で、白夜の言葉の意味を一生懸命理解しようとしていた。


でも、跳ねる心臓とますます絡まる思考回路では、どうしてもすぐに飲み込めない。

ただ、薬売りさんの頬に、一筋の汗が走ったのだけははっきりと見えた。





「随分と口が重いみたいだから、もうひとつ当ててあげる」



白夜の赤い瞳がギラリと光った。




「これは僕がもっとも許せない…あなたの傍に結を置いておきたくない一番の理由」




私は思わず息を止めてしまう。

張り詰めた空気の中、白夜はゆっくりと、そしてはっきりと薬売りさんに言った。





「…あなたは結を助けたかった訳じゃない…あの時結の中に潜んでいた殺気や鬼気に惹かれただけだ」




…私の中で、何かが割れた音がした気がした。



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