ひとりじょうず | ナノ




第八章
   └二十一



「…ちょびっとは落ち着いたか?」



八咫烏が問い掛けるも、薬売りは無表情のまま一瞥するだけだ。

絹江に叩かれた頬が、まだ少し赤い。





「…お前どうしたんだ?」



八咫烏の部屋で休んでいたため、事の顛末を見ていなかった弥勒は、首を傾げて薬売りを見た。





『…別に』



そう一言だけ答えた薬売り。

弥勒はますます意味がわからないと言ったように肩を竦めた。




「ほれ、お茶でも飲みなーて」



そう言いながら、八咫烏が二人にお茶を差し出した。

静かな部屋に湯飲みから湯気が踊る。




「…で」



お茶を啜りながら八咫烏が薬売りに向かって視線を向けた。




「あんたは何にそんなに怯えとるんや?」

『……!』




八咫烏の言葉に、湯飲みに伸ばした薬売りの手が止まった。

そして八咫烏はのんびりとした、しかし射抜くような視線のまま続ける。





「…前にも結ちゃんのことについて聞いたことはあるんやけど…」

『…………』

「あんたには、結ちゃんに対してそんなに後ろめたいことがあるんやろか?」




どこかピリッと張り詰めた空気に、弥勒はごくりと喉を鳴らした。

…彼の心にどこかで、同じ疑問があったからだ。


何も言わない薬売りに、八咫烏は溜息混じりに呟く。




「…あんな、もう誤魔化してどうにかなるような状況とはちゃうやんか」




薬売りが、グッと拳を握り締めた。

そして視線を落としたまま、固く結ばれた唇を解いた。





『…っ!!』



しかし、それはすぐに再び結ばれる。

そしてバッと視線が窓の方へ向けられた。




「薬売り?」

『………何か、来る』

「……!」



薬売りに続いて、八咫烏と弥勒も何かを感じたのか、ぴくっと反応している。

先程まで彼らしくない心許ない表情をしていた薬売りの眉間に、深々と皺が刻まれた。



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