第八章
└十八
―ちゃぷん…
「はぁ………」
温かな湯船に浸かりながら結が深く溜息を吐く。
浴場には、絹江の言ったとおり女性が年配の女性が一人、旅の疲れを癒していた。
(…薬売りさん…)
さっきまで彼に握られていた手を、ギュッと結ぶ。
じんわりと沁みる熱は、きっとお湯の熱せいだけでは無くて。
"何があっても…誰がなんと言っても"
(…声が…ちょっと震えてた…)
"私は…あなたが好きです"
「…………」
結はかぁっと頬に熱を集めると、ぶくぶくとお湯に沈んでいった。
(…すきって…隙とか鋤じゃぁ無いよね…)
冗談めかしてみるものの、その言葉の響きは結の心をキュッと締め付けていく。
「…私もって…言いそびれちゃった…」
そう呟くと、結は自分の手を見つめた。
"ここに居る"
そう言ってずっと握っていてくれた。
きっと薬売りの言葉は、本当だ。
そうだと思うし、そうであって欲しい…。
「え…あれ…?でも…」
緩んだ結の頭に、きりっとした痛みが走る。
(…私…そんな暢気な事言っててもいいの…?)
どくんっ
結…お前は俺のものだ
私達にはどうにも出来ないのよ…わかって…
「…あ……ぁ…」
見つめた自分の手が、赤く染まっていく。
魔物…
「や…私…私…!」
震える手を染めるのは誰の血だろう。
邦継?
それとも、母?
―私 は 彼 ら に 何 を し た ?―
結…僕の大事な宝物
「あぁ…あ…お父さ……!!」
――一方、台所の二人。
「はい、これで全部」
『…多すぎませんかね』
大皿にこんもりと盛られたおむすびを見て、薬売りがぽつりと呟く。
絹江はちょっと気まずそうに肩を竦めると、
「ちょっと張り切りすぎたかしら?」
そう言って笑った。
大皿を抱えて台所を出ようと、薬売りが背中を向けた時。
「…薬売りさん」
絹江に呼び止められて、彼は顔だけ振り返った。
すると、薬売りは絹江の縋るような視線に出会う。
「あの…さ。薬売りさんは結ちゃんを大事にしてるって…信じていいのよね?」
絹江の瞳は薬売りの表情を探るように、真っ直ぐと刺さった。
「…気を悪くしないでね。私…ずっと薬売りさんは結ちゃんを大事にしているというより…」
『…………』
「ううん、確かに大事にしているけれど…何だか執着って言うか…自分の玩具に触らせない子供みたいな…」
瞬間、薬売りの藤色の瞳が見開かれた。
"図星だ"
絹江がそう確信するには十分すぎる。
『…………』
薬売りが何かを言おうと唇を薄く開いた。
その時。
「女将さん!女将さん!」
「…っは、はい!」
台所に、慌てた様子で中年の女性が入ってきた。
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