第八章
└九
「んっ!んんー!!」
押さえられた手を振りほどこうと、結は必死にもがいた。
しかし、そこは男と女の力。
邦継はびくともせず、薄ら笑いを浮かべながら結をジッと見ていた。
「あまり暴れるなよ、綺麗な顔が台無しだ」
そう言って邦継の体重が一層、彼女に圧し掛かった。
そしてグッと結に顔を寄せると、いつもの柔和な笑顔を浮かべて囁く。
「…結。抵抗しても無駄だ。お前が逆らえば…」
「………!?」
「多恵と結だけこの家を追い出す。もちろん、榮は渡さない」
(…え……)
「…多恵は悲しむだろうなぁ。何だかんだで俺にベタ惚れだし…はははっ!それに榮だって、お姉ちゃん大好きだし…何よりもまだ母親が必要な時期だしな」
"この家に跡取りがいれば…"
そう言って項垂れていた祖母。
悲しそうに涙を流していた母。
"やっと跡取りが…長男が誕生した…!"
ずっと噛み合ってなかった歯車がやっと合いだした、祖母と母。
"あなた、ほら榮が笑いましたよ"
"榮、ほら、結お姉ちゃんよ…ふふふ、そうよ、ねぇねよ"
久しぶりに見た母の幸せそうな笑顔。
"ねーぇね、ねぇね"
自分に手を伸ばす、小さな可愛い義弟。
「…多恵はまた泣いて暮らす事になるだろうな」
「…………っ」
結の頭の中を、様々な情景が一気に流れ出す。
それと同時に見開かれた彼女の目から、ぼろぼろと涙が溢れた。
「俺が…どうしてこんな片田舎の年増の未亡人なんかを嫁にもらったと思う?」
邦継はニヤリと唇の端を上げる。
「…まぁ、武家の当主になるのもいいと思ったのもあるけど…」
「…………」
「一番の決め手は…結、お前だ」
ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。
あの日、感じていた不穏な感覚は…間違いではなかったのか。
「お前を見て思ったよ…家も血筋も手に入れたら…」
「ん、んんーっ」
「…結、お前も俺のものにしようってな」
次の瞬間、結の寝巻きの帯が解かれた。
「…っ!?」
(これは…)
これは、何。
何でこんな事になってるの。
お母さん、榮。
どうしてこの人はこんな事を言うの。
「結…お前は俺のものだ」
怖い。
痛い。
背中が擦れて…
全身が痛くて。
どこが痛くて、何が悲しいのか、わからない。
(…お父さん…!!)
……なんで。
お父さん。
→9/26[*前] [次#]
[目次]
[しおりを挟む]