第八章
└二
「…お父さん?」
そんな父の様子を、少女は心配そうに見ていた。
父はハッとして、笑顔を浮かべると少女の頬を柔らかく撫でる。
「ははは…あ、結!もう空があんなに真っ赤だ!もう逢魔が刻だぞ!」
「おうまがとき?」
「そう、こんな風に空が赤く染まる時は、辻を魔物が通るんだ」
少女は父の言葉に目を丸くして、口元を両手で押さえた。
そんな彼女を見て、父はわざとらしく声を潜める。
「早くお家に帰らないと、魔物が辻を通る邪魔をしてしまうよ?」
「…邪魔をしたら…どうなるの…?」
「どうなるんだろうなぁ…お家に着いて来てしまうかも知れないし、夜になったら結に会いに来るかも…?」
父の目にはからかいの色が浮かぶが、少女にはそんなものは見えておらず。
「結、お家に帰る…!」
あわあわとしながら父に縋りついた。
父は少女の様子を見て笑いを噛み殺すと、
「そうだな、帰ろう」
そう言って彼女の手を取って立ち上がる。
「…あ!お父さん!」
数歩歩いたところで、少女は思い付いたように父の手を引いて足を止めた。
「どうした、結?」
「あのね、風車、また作ってくれる?」
「あぁもちろん!いくつでも作ってあげるよ」
「本当?じゃあ…これ、あげてもいい?」
「うん?秀太郎くんかい?あ、赤いからよし乃ちゃんかな?」
屈んで少女と目を合わせる父に向かって、ぶんぶんっと首を横に振った。
そして、父の手を解くと池のほとりに駆け出す。
「これ、綺麗でしょ?あげるねー!」
少女は足元にサクッと風車を挿すと、池に向かって大きく手を振っている。
しかし父の目には、ただいつもの池の風景が広がるばかりだ。
「…結はここに来ると見えないお友達が居るみたいだねぇ?」
首を傾げて呟く父に、少女はきょとんっとして答える。
「えー?見えなくないよ?ほら、あっちに白い男の子」
「うぅん…この池の住人さんかなぁ?」
「お父さん変なのー」
父は参ったと言うように肩を竦めると、少女の頭をポンッと撫でた。
「結は神様に気に入られてるのかな?お父さん気が気じゃないな、ははは」
「結も神様好きー」
「ははっ、さぁ帰ろう」
少女は父に手を引かれながら、またちらりと振り返る。
「またね」
そして池に向かって、もう一度小さく手を振るのだった。
………そこで景色が歪み、じわじわと元のお札の文様に戻っていった。
「…あの子、結ちゃん…よね?」
まだぼんやりとした表情で絹江が呟く。
「結の父ちゃん、優しそうだなぁ」
「でも、結ちゃんが池で見ていたのは…何かしら?」
弥勒と絹江は顔を見合わせて首を傾げた。
八咫烏と薬売りは、無言のまま再び浮かび上がるだろう景色に身構えていた。
そして間も無く、お札の文様は変わり始める。
次に映し出されたのは、屋敷の一室だった。
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