ひとりじょうず | ナノ




第七章
   └二十二



「結の…記憶を読む?」



痛みに顔を歪めながら、弥勒が聞き返した。

八咫烏は何か考え込むように、黙って薬売りを見ている。





『…結が眠っている今なら…それに』




薬売りは結の髪をさらりと撫でる。





『記憶が夢で再生される…そんな様子が以前にもあった』




以前、結が熱を出したときのことを言っているのだろう。

あの時は熱で悪夢を見ていると思っていたが…





『…もしかしたら…夢が鍵なのかもしれない』

「…………」




弥勒はどくどくと跳ねる心臓を押さえるように、胸に手を当てた。

そして髪を撫で続ける薬売りと、眠っている結を交互に見つめると…





「…薬売り」

『…………』

「信じて…いいんだな?結は…」




震える声の弥勒を、薬売りは静かに見つめる。





『…守り、ますよ。何があっても、ね』




そして、キュッと口角を上げると、人を喰うような笑みを浮かべた。

すると、押し黙っていた八咫烏が不意に口を開く。





「…不完全かも知れんよ」

「え…?」

「結ちゃんの記憶…そんなに浅い部分だけっちゃう…人間はそう簡単に記憶をなくしたりせーへん」




そう言って八咫烏は眉間にギュッと皺を寄せた。





「頭打ったりの外傷性ならともかく…結ちゃんは、まるで自分から記憶を捨てたようなもんや」




八咫烏は言葉を続けながら、今度は薬売りを見やる。





「あんたもその辺はわかっとるんやろ…なぁ、薬売り?」

『…………』




問い掛けられた薬売りは、口元をキュッと結んで結に視線を投げる。

そして結の目元に零れた涙を、そっと細い指で掬った。





『…全てを見れないとしても…ほんの浅い一部分だけだとしても…』




薬売りは雫を纏った自分の指をそっと唇に押し当てる。

ほんのりと唇を割って入り込むような涙の味は、紛れも無く結の悲しみそのものだった。



言葉を失ったまま薬売りを見つめていた八咫烏が、ふっと息を吐いた。




「わかった、それなら俺は止めんよ」

「…八咫烏様」

「ええか、弥勒」




八咫烏に見据えられた弥勒が、ビクッと背筋を伸ばした。





「…これから見るものがどんなものであろうと…全て結ちゃんの一部や」

「………っ」

「例えそれが、つらいことでも悲しいことでも…絶対に目を背けたらあかん。わかっとるな?」




八咫烏の言葉に、弥勒はごくっと唾を飲み込んだ。

しかしすぐに、その瞳に力を灯す。


そしてゆっくりと起き上がると、真っ直ぐに八咫烏と薬売りを見つめた。





「…大丈夫です!ちゃんと…ちゃんと見届けます!俺はそのために…ここまで来たんです!」




八咫烏は力強い弥勒の言葉に満足したように頷いた。





「…それはあんたも一緒やで?」

『…………』

「薬売り、あんたも…見つめなきゃあかん事があるはずや」




思いがけず八咫烏から告げられた言葉に、弥勒が小さく首を傾げる。





「え…?薬売り、が?」




言われた当人は、無表情のまま何も答えない。





『…………』

「…まったく強情やねー。まぁええわ…それから…」




呆れたように肩を竦めた八咫烏が、フッと襖の方に視線を投げた。

と、同時に薬売りも襖に目を向ける。




「…あんたもそのつもりやんね?女将はん?」

「え!?」

『…………』




八咫烏の言葉を受けて、そろそろと襖が開く。

そこに立っていたのは、思いつめたように唇を噛む絹江の姿だった。



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