第七章
└二十一
― 終幕 ―
闇が広がる森の中。
小高い崖の中腹にある洞窟で、二つの影が揺れていた。
「ねぇ、ビャク…どうしてあのとき結をつれていかなかったの?」
ビャクは長い髪を結んでいた撚り紐を解いた。
暗闇に白銀の髪が柔らかく舞う。
「…そりゃ結にも別れを告げる時間が必要だからさ」
「わかれ?」
「そ。ベニだって近くにいた人が急に居なくなったら悲しいだろ?」
大きな紅い体をビクッと揺らして、ベニが尻尾を倒した。
「やだ…!おれ、ビャクがきゅうにいなくなったらかなしい!」
ベニの情けない姿を見て、ビャクは呆れたような笑いを漏らす。
しかしその表情とは裏腹に、優しい手つきでベニの鼻先をこしょこしょと撫でた。
ベニは気持ち良さそうに目を細めると、くぅんと小さく鼻を鳴らす。
「…だから今はあの男の元に帰した。それだけだよ。それに…」
ビャクはベニに寄りかかるように寄り添うと、フッと洞窟の外に目を向ける。
「結は知るべきなんだ…自分がどんな奴と一緒にいるか…」
あらぬ方向を睨みつける赤い瞳が、鈍く光った。
ベニは心配そうに、そっとビャクに鼻先を寄せる。
「…あのあおいきもののやつ?」
「うん?…まぁね」
ビャクはふっと視線を緩めると、ベニの鼻先を軽く撫でた。
そしてゆっくりと瞳を閉じる。
「…早く結に…逢いたいな…」
そう呟くと、ベニの紅く豊かな毛並みに顔を埋めた。
「…結…絶対に…一人ぼっちにはさせない…」
ビャクの言葉に同意するようにベニが彼の頬を舐める。
「…ベニ、今夜…行くよ」
「…!うん!!」
二人は洞穴から外を眺めた。
止み始めた雨が、霞のように夜空をぼやけさせていた。
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