第七章
└八
― 三ノ幕 ―
私達が階段を下りて玄関に向かうと、暖簾の向こうから秀ちゃんがひょこっと顔を出した。
「結!…っと、こんばんは」
『…こんばんは』
秀ちゃんが薬売りさんに向かってぺこりと頭を下げる。
少し遅れて顔を覗かせたよし乃ちゃんも、訝しげな表情のまま小さく頭を下げた。
「えっと…結、こちらの方は…?」
「…この人は、薬売りさん。私を助けてくれた人だよ」
私がそう答えると、秀ちゃんとよし乃ちゃんはまじまじと薬売りさんを見た。
薬売りさんは若干面倒そうな雰囲気を醸し出しつつも、余所行きの笑顔を浮かべている。
『…今夜は私もご一緒しても?』
「ええ!もちろん!結の命の恩人なら、俺達からも御礼を言いたいし…なぁよし乃?」
「そうですよ…是非」
二人の笑顔に、薬売りさんもニコリと返す。
「じゃあ行こうか!」
「うん!」
秀ちゃんが先頭に立って、近所の酒場に行こうと歩き出したとき。
「わ……」
くんっと襟口を引かれて、私は少し後ろによろめいた。
何事かと振り返るよりも先に、スッと薬売りさんが耳元に近づく。
『…なんで結を助けたらあいつ等が御礼を言うんです』
「え!?そ、それは…幼馴染、だから??」
『…………』
「いぃっ!?」
ぶすっとしながら呟く薬売りさんは、そのまま私の耳をぎゅうっと摘んだ。
「ん?結?」
「な、何でもない」
先を歩いていた秀ちゃんとよし乃ちゃんが、不思議そうに振り返る。
薬売りさんは、後ろから私を抱えるように並んでまたニコリと微笑んだ。
『…ほら結。よそ見してたら危ないでしょう』
「え…っ」
私の反応を楽しむように、支えている手に力を込める。
『本当に手の掛かる子で』
そう言って笑う彼を見て、秀ちゃんとよし乃ちゃんは面食らったように苦笑いを浮かべた。
「あはは…仲良いんですねぇ」
「あ、あはは…」
(…あれ…?)
肩を竦めるようにまた歩き出す秀ちゃんの隣。
一瞬、よし乃ちゃんの冷めたような表情が見えて、私の心臓はどくんっと嫌な脈を打った。
この二人に再会してから、やっぱりよし乃ちゃんは様子がおかしい…
ふとした瞬間に見せる表情が、とても冷たく感じるのだ。
(…私…が原因、だよね…)
「いった!!」
いつの間にか俯いていた私の頬を、薬売りさんの指が抓りあげる。
「も、もう…!薬売りさん!」
私が小声で反抗すれば。
『………』
薬売りさんは鼻を鳴らすと、べぇっと舌を出してすたすたと歩き出した。
「も、もう…子供みたい…っ!」
…なんて憎まれ口を叩きながらも、私の頬は緩んでしまう。
最近つらいって気持ちばかりが先走っていたけれど。
きちんと薬売りさんにぶつかってみて良かった…!
『…結、置いていきますよ』
「待ってくださいよ…!」
私は久しぶりの清々しい気持ちに浮かれながら、軽い足取りでみんなを追った。
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