第七章
└三
二人で通りをゆっくりと歩いて行く。
いつもより人の多い大通りは、たくさんの商店が賑わっていた。
「すごいねー、みんな物見のお客さんなのかなぁ?」
「なー。まぁ俺達もこの土地の人間じゃないけどな」
きょろきょろとする私に、べっこう飴を舐めながら弥勒くんが答える。
前に弥勒くんに初めてのお賃金でべっこう飴をあげてから、彼は気に入っているようでたまに町に買いに来ているらしい。
「そうだよね、私達も物見客の人たちと変わらないもんね」
(そっか…この町に来てから、もう一年近く経とうとしているんだ)
薬売りさんと出会って…一年でもあるんだ。
「…いろんなことがあったなぁ…」
ぽつりとこぼした私を弥勒くんが立ち止まった。
「…どうしたの?」
「なぁ…結」
弥勒くんはちょっと困ったように笑うと、私の頭をぽんっと撫でた。
「え、弥勒くん…?」
「早く…故郷に帰れると、いいな」
私は弥勒くんの言葉にハッとする。
あの晩から、薬売りさんとの間には見えない壁があって。
もうこれ以上甘えてはいけないんじゃないかと、少し自分を律していた。
でも、心のどこかではまだ甘えがあって。
薬売りさんがまたいつも通り意地悪な笑顔を浮かべて。
『全く…ほら、泣くんじゃありませんよ』
そんな風に笑ってくれるような気がして。
「……弥勒くん」
「うん」
「私…やっぱり…ちゃんと故郷に帰るべき、だよね?」
「結……」
私の手を少し引くと、弥勒くんは通りの端に人の邪魔にならないよう避けた。
そしてやたさんがしたように、私の顔を覗き込む。
「…結、違うだろう?」
「え?」
弥勒くんの黒い綺麗な瞳に自分の顔がぼんやりと映っているのが見えた。
「帰るべきかどうか、決めるのは結だ」
「……っ!」
「薬売りに手を引かれてこの町に来て…そこから先も誰かに決めてもらうのか?」
私は彼の言葉に何も返せなかった。
弥勒くんの言っている事は、至極全うだったから。
「…最近悩んでいただろう?」
「あ…気付いて…?」
「あはは!八咫烏様も女将も、俺にだってすぐばれたぞ!」
「う……恥ずかしい…」
熱くなった頬を隠すように俯いていると、弥勒くんはうーんと唸りながら腕組みをする。
「まぁまずは薬売りと仲直りが先じゃないのか?」
「う……」
「さっきも八咫烏様に言われてただろー」
「…そう、なんだけど…」
「何だよ、はっきりしないなー。どうせ悩みの原因は薬売りなんだろ?」
溜息混じりに言う弥勒くんを私はぽかんとして見た。
「み、弥勒くん…」
「ん?」
「なんか髪切ったら言うことまで大人に…」
「ふふん、そうだろ〜」
得意気に胸を張る弥勒くん。
…でも手にはべっこう飴だけど。
「俺は結を導くためにここまできたんだからな。いつまでも子烏のままじゃーないんだって事だ!」
「ふふ、頼もしいね」
弥勒くんは、ムッとするとちょんっと私の頭を小突く。
「笑ってる場合じゃないだろ。結だって強くならなきゃいけないんだぞ」
そして口にひとつ、べっこう飴を放り込んだ。
「いつまでも薬売りにいじめられてるの、嫌だろー?」
「い、いじめられ…?」
「あいつ意地悪だからな。きっと臍と根性が曲がってるんだ」
ガリボリと音を立てながら弥勒くんがべっこう飴を噛み砕いていく。
(み、弥勒くんにはいじめっ子といじめられっ子に見えるのか…)
「てゆーか…」
「うん?」
「弥勒くん、基本的に飴の食べ方間違えてると思うの…」
きょとんと首を傾げて弥勒くんが更に口にべっこう飴を放り込んでいると。
「………?」
通りの中頃から、一組の男女がこちらを伺っていた。
(…誰…?)
驚きを隠せない表情で私を見ている二人。
その内、男性のほうが恐る恐る私に声を掛けてきた。
「あ…の、もしかして…結?」
「え?あ、はい…??」
「…!やっぱり!!」
男性が嬉しそうに女性のほうを振り返る。
女性は未だ信じられないといった風に、手を口元に当てていた。
「結…!お前無事だったんだな!心配したんだぞ!?」
足早にこちらに向かってきた男性が、がしっと私の肩を掴んだ。
「きゃあ!?」
「ちょ、お前何だよ!?」
しかし、彼は弥勒くんによってベリッと剥がされる。
弥勒くんは警戒した面持ちで前に立ちはだかるようにして、背中に私を隠した。
威嚇するように睨む弥勒くんを、男性は慌てたように両手で制した。
「おいおい…俺だよ!秀太郎(しゅうたろう)だよ!それにほら…」
「本当に…結なの?」
まだ疑いの視線の女性に視線を向ける。
「ほら、よし乃。わかるだろ?」
「結…!良かった!」
「え…えっと…」
二人の言っている事が飲み込めない私。
「…………」
「………がりっ」
お互いの温度差をひしひしと感じる中、弥勒くんが飴を噛む音だけが聞こえていた。
二ノ幕に続く
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