第六章
└十四
「いぃっ!?」
『……………』
と、横から伸びた細い指先が私の頬をぎゅっと抓る。
「い、いひゃ…っ!!」
『何を耽っているんです、生意気な』
(な、なまいきって…)
ムスッとしたまま、薬売りさんは何か言いたげに唇を開いた。
『……さっき…何を泣い』
「あああ!!!こら!薬売り!!」
『……………』
薬売りさんの問いかけが終わる前に、勢いよく飛び込む弥勒くんの声。
「人が目を離した隙にまた結のこといじめて!!」
『人聞きが悪い』
「人聞きって本当のことだろうが!」
「くひゅりうりひゃん…いひゃい…」
私の頬を抓ったまま、薬売りさんと弥勒くんが噛み付き合う。
そんな二人を見兼ねて、今度は八咫烏様が割り込んでくる。
「ほらほら、何じゃれあっとるんやにー。結が痛がっとるやんか」
八咫烏様に諌められた薬売りさんは、むすっとしながら手を離す。
それを見て、弥勒くんも渋々と身を引いた。
「あ、ありがとうございます…八咫烏様…」
頬をさすりながらぺこりと頭を下げると、八咫烏様はきょとんとした顔で私を見た。
「何なん?その八咫烏様って」
「へ??」
「さっきまでやたさんって呼んでくれとったのに…そんな他人行儀な言い方せーへんでよー」
淋しそうに唇を尖らせながら八咫烏様がぶうたれる。
「で、でも神様だし…」
「そんな〜、さっき俺の胸で涙を流した仲っちゃうか〜」
「わ…っ!」
八咫烏様…やたさんはそのまま流れるような仕草で私の肩をぐっと引き寄せた。
…と、間をおかずに。
どすんっ
「おわっ!!」
「きゃ…く、薬売りさん!!」
(何この既視感……)
瞬時に避けたやたさんと私の間を切っていった風と共に、畳にめり込む退魔の剣…
そしてしれっと舌打ちをする薬売りさん。
「ちょ、危ないっちゃうかー!」
「薬売り…!八咫烏様は仮にも神様なのに…!!」
「おいおい弥勒、仮にもって何やに…」
神をも恐れぬその所業をもろともせず、薬売りさんは私を睨むとぷいっと顔を背けた。
(そ、そんな子供みたいな…)
しかしやたさんはちっとも臆することなく、私にこそっと耳打ちする。
「…な?おもろい物が見られるって言ったやろ?」
「え?」
困惑しておろおろする私を尻目に、やたさんは豪快に笑い始めた。
「いやー、愉快愉快!薬売りさんって言ったやろか…今夜一杯付き合わん?」
『…烏ってのは位に限らず馴れ馴れしいものなんですか?』
微妙に噛み合わない二人の会話を聞きながら私はただ首を捻るしかなかった。
「ところで弥勒」
「へ!?は、はい!!」
急に名前を呼ばれた弥勒くんを、やたさんはフッと真剣な顔になった。
「…自分の目標は達成できたか?」
「………っ!」
一瞬にして私達を取り囲む空気が張り詰めた。
やたさんはその顔に穏やかな笑みを湛えながらも、漂う雰囲気はそれとは正反対で。
厳かで凛としたその佇まいは、まさしく神だった。
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