第五章
└一
― 五ノ幕・小話 ―
「…薬売りさん、あの、これ…」
『…………』
私が差し出した包みを、薬売りさんはじっと見た。
昨日、絹江さんのおめでた話で盛り上がってしまって、渡しそびれてしまったお土産。
(う…何か言ってくれないかな…)
薬売りさんは、無言のまま受け取るとガサガサと包みを開き始めた。
『…手ぬぐい?』
「はい…」
手にした手ぬぐいを、薬売りさんはまじまじと見つめている。
…何にしようか、一番迷ったのは薬売りさんのお土産で。
薬売りさんと一緒にいるようになってから、もうだいぶ経つのに、私は薬売りさんの好みをあまり知らないままだったりする…
唯一わかるとしたら…
(…綺麗なおねーさんが好きな事くらい、かなぁ…)
でもそれは…心情的には認めたくないわけでして…
チラッと薬売りさんを見ると、手ぬぐいを広げながら無表情なままで。
「あ、あの…」
耐えられなくなって、口を開けば。
『…これは見事に…いつもと同じ手ぬぐいですね』
「う…っ」
薬売りさんの好みがわからなかった私は、結局いつも薬売りさんが頭に巻いている手ぬぐいと似通った色のものを選んだのだ。
「で、でもでも!ほら!ここよく見てください」
『はぁ』
私は身を乗り出して手ぬぐいの端を指差した。
「ほら!ここ!刺繍がしてあるんです!」
『…確かにしてありますね。可 愛 ら し い 小 花 の 刺 繍 が』
「…………」
薬売りさんは呆れたように私を見た。
私は居たたまれない気分で、俯いてしまう。
(ど、どう考えても…女の人向けだよねぇ…)
でも…でもでも!!
一瞬考えてしまったのだ。
いつも無表情の薬売りさんの頭巾に…小さな花柄があったら…
(か、可愛い……!!)
「……いった!!!」
『…何をにやけてるんです』
怒りを含んだ声で薬売りさんが私の頬をつまんだ。
『…なんだか腹の立つ顔してますね』
「ほ、ほんな…!いひゃいー」
痛がる私を、薬売りさんは楽しそうに見ている。
なんて…なんて性格の悪い…
『…気になってたんですが…』
「ひっ!な、何も悪口なんて言ってないですよ!」
『……………』
「いだだだだだ!!!」
薬売りさんはつまんでいた指を、ぴんっと弾いた。
そしてそのまま無言で私の頬を、そっと撫でる。
『…少しやつれましたか?』
「…そう、ですか?」
突拍子も無い質問にうろたえていると、薬売りさんの目が少しだけ揺れた気がした。
ギュッと心臓を掴まれたような感覚に陥る。
そんな…
そんな顔するなんて、なんかずるい。
「あー…別に病気とかしてないですよ?夜も必要以上に寝てるし…!」
薬売りさんの目をまっすぐ見られなくて、私は慌てて作り笑いをした。
でも、薬売りさんは表情一つ変えずに私をじっと見ている。
『……そう言えば、最近の結は寝るのが早いですね?』
「あはは…そうなんですよ、やたらと眠くて…」
…忘れてた。
薬売りさんに相談したかったんだった。
「なんだか…誘われるみたいに眠たくなってしまうんですよね」
『誘われる…?』
「仕事に行く前からだから…単なる怠け病ですかね?あはは!」
きっと薬売りさんは、私が子供だって笑うんだろう。
そう思って、彼の顔を見ると…
(あれ…??)
思いの外、厳しい表情で私を見ていた。
「あ、あの…薬売りさん…?」
『……………』
薬売りさんの頬を撫でていた手が止まっている。
そして少し考えるような仕草を見せて、彼は口を開いた。
『…結、最近犬や猫をどこかで構ってますか?』
「え?」
またもや突拍子も無い質問。
私は言葉を失ったまま首を振った。
『…では…誰か、新しく出会った人物は?』
「え…?」
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