ひとりじょうず | ナノ




第五章
   └二十八



薬売りさんは、ぶすっとしながら絹江さんを見ていた。



「ふふふー、良いでしょ!結ちゃんにもらったのよ〜」

「俺も俺も〜」



庄造さんと絹江さんがニヤニヤと笑いながら、髪飾りと手拭いを薬売りさんに見せた。




「え、あの、薬売りさんには…」

『…ふん』



つまらなそうに鼻を鳴らして、薬売りさんは視線をそらす。

その様子を見て、二人はさらにニヤニヤするのだった。





「まぁ、今回は薬売りさんもお疲れ様だったわよねぇ」



絹江さんは笑いながら私の頭を撫でた。




『…別に私は…』

「あら、心配疲れしてるんじゃないのぉ?」

『…………』




薬売りさんは無言のまま、庄造さんを睨む。

庄造さんは慌てたように首を振った。




「ふふん、この絹江さんに隠せるとは思わないことね〜」




得意気に言う絹江さん。

目を合わせて肩を竦める薬売りさんと庄造さんを見て、なんだか可笑しくて思わず笑いが零れてしまう。


そんな私につられるように、みんなも笑顔を浮かべるのだった。




「もー、私なんて心配しすぎたのかこの辺がムカムカしてさ〜」

「そうなんですか?大丈夫?」

「うん、なんか…こう込み上げるものがあるっていうか…それにね、結ちゃんのせいだけじゃないしね!」




胃の辺りをさすりながら、絹江さんは薬売りさんをチラッと見た。





「こら、お絹!飲む前から絡むんじゃないよ…だからこうして自棄酒の用意してやってるだろ?」




嗜めるように庄造さんが徳利を揺らした。





「…??」



しかし薬売りさんは、何も言わずに絹江さんをじっと見ている。





「あ、いけない。小松屋さんの漬物樽、台所に移動しなきゃ」



そんな彼を気にする事も無く、絹江さんは台所を出ようとした。


が…




『女将、待ってください』

「?何よ、薬売りさん」




薬売りさんは絹江さんを呼び止める。

先にお猪口にお酒を注いでいた庄造さんも、フッと視線を上げた。




『…漬物樽は明日庄造さんに運んでもらってください』

「えっ!?俺?まぁ良いけど…」



きょとんとする私達を無視して、薬売りさんは今度は庄造さんに向き直る。




『それから、今夜は庄造さん。一人酒にしてください』

「えぇ??」

『女将はさっさと暖かい格好で休むように。それからあまり漬物も食べ過ぎないほうが良いですよ』




薬売りさんはテキパキと指示をする。

そんな彼を見て絹江さんは呆気にとられたように笑った。




「あはは!やっだ、薬売りさん、それじゃまるで……」

「…絹江さん??」

「まるで…………あああぁぁぁあぁぁ!!!」




急に上がった声に、私と庄造さんはビクッと跳ね上がる。

薬売りさんは顔色ひとつ変えずに私達を見ていた。




「お、おい何だよ?一体何が…」



庄造さんが呆然とする絹江さんに問いかける。




『…身に覚えが無いわけじゃないでしょう』

「え?」

『……"お父さん"』




一瞬、時が止まったかのように静まり返った。

が、次の瞬間には…




「「え…ええぇぇぇええええ!?」」



私と庄造さんの叫び声が宿中に響いたのだった。



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