ひとりじょうず | ナノ




番外章(三)
   └十




四、薬売り


『紅葉(もみじ)さんを』

「へぇ、紅葉ですね、いつもご贔屓に…」




へらへらと軽い笑顔を貼り付けた番頭が頭を下げる。


目的の部屋に向かう間、長い回廊を歩きながら見回せば、そこはまるで異世界のようで。


重なり合う、朱・朱・朱。

ところどころに設えられた色鮮やかな飾り。


嘘で塗り固められた愛を売り買いするには、お誂え向きの雰囲気。

見事な絵柄の襖から、まだ昼だというのに嬌声が漏れてくる。



酒の匂いと、三味線の音色に、男女の艶声…




『…反吐が出る』




足を止めてそう呟くと、そばに控えていた禿(かむろ)がきょとんと振り返った。

何も言わずににこりと笑えば、禿は頬を染めて慌てて俯いた。




「薬売りさん!」



襖を開けると、紅葉が嬉しそうに笑う。

華やかな着物と、唇に引かれた紅に自分の感情が奥底に引っ込むのがわかった。




『…こんにちは』



禿に向けたそれと変わらない表情を向けると、紅葉は走りよって俺の袖に縋り付いた。




「今日も来てくれたなんて…嬉しい!」

『…紅葉さんとまだまだ話し足りないのでね』



そう言うと、紅葉はツンッと顔を背けた。




「もう…また胡蝶さんのこと?」

『紅葉さんがなかなかお話してくださらないので』

「だって…話したら薬売りさん、もうここには来てくれないでしょう?」




おや、意外に勘がいい。

…とは言わないけれど。




『困った人ですね』

「ふふふ、さぁ、お酒の用意もしてあるし座りましょ?」




紅葉は用意された酒と肴を指差すと、俺の手を引いて座らせた。




―ここは遊郭。

飛び交うのは売り買いされたまやかしの愛と、耳元で囁かれる内緒話。

鮮やかな彩りに見合わないような、濁った感情と性欲。



…いや、だからこそ煌びやかな朱色で見た目だけでも美しく整えるのか。





「…もう、私に会ったのにまたぼんやりしてる」

『…そうですか?』

「何考えていたの?」



紅葉は紅を引いた唇と尖らせて、上目遣いに俺を見つめた。




『…思い出していたんですよ、紅葉さんと会った日のことを』

「本当?あの時は…ありがとう」





紅葉とは先日の祭で会った。

結が助けた、絡まれていた女だ。



その時、一目見て商売女だと気づいた。

だからこうして情報を買いに、表面上、足繁く通っているわけだ。




「あの時の薬売りさん、本当に素敵だった…」



すでにほろ酔い加減の紅葉が、俺の耳元に唇を寄せて囁く。





(化粧臭い…)



とろん、と潤んだ瞳が余計に鬱陶しい。




『…じゃあいい加減に教えてください、胡蝶さんの居場所を』

「あ…」



冷めた視線にも気づかない馬鹿な女は、囁き声と共に畳みに沈んでいった。



10/13

[*前] [次#]

[目次]
[しおりを挟む]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -