ひとりじょうず | ナノ




番外章(二)
   └十二



「…それから私達は叔母さんの言うとおり、この町に来て…二人でこの扇屋を継いで、今に至るの」

「…………」

「ちょっと長い昔話だったわね、のぼせちゃっ…え!?」



ふ、と無言のままの結が気になって横を見れば。




「な、何で泣いてるの!結ちゃん!」

「う、うぅ…だって…」



結は、絹江の傷を見るとキュッと目を瞑った。




「二人はとても…愛し合ってるんですね…!」

「ぶっ!!やだ!何言ってるのよ!」



絹江は両手で結の涙を拭う。





「絹江さんは…庄造さんを救ったんですね…」



ぐすぐすと泣きながら、結が呟いた。

それに対して絹江は少し困ったように笑う。




「うーん…本当はね、少しだけ後悔したりもしたのよ」

「後悔?」

「うん、本当は復讐を果たさせるべきだったんじゃないかって…」



絹江は遠い目で、風呂の窓からの青空を仰ぎ見た。




「彼が心に抱えていた苦しみは、到底わかり得るものじゃなくて…それは私は独断で断ち切ってしまったわけだからね」

「………」

「あ、でもね。間違っていたとは思ってないわ」




結に向かって絹江はにこっと笑う。




「過去ってのはさ、現在の礎だって言うのは間違いないし大事なことよ」

「はい…」

「でもね、縋るしかないような過去ならない方がマシ。過去は踏み台にするものであって、拘るものじゃないわ」

「…!」




絹江は優しく目を細めて結の髪を撫でる。

そして結に言い聞かせるように続けた。



「…大事なのは、自分の通ってきた道よりこれから行く道よ?ね?」





絹江の言葉に、結は胸が一杯になる。



忘れてしまった過去…

なぜだか、思い出すことを拒む自分。


その全てを赦されたような気がした。





「おぉーい!絹江ー!」



風呂場の外から庄造の声が聞こえる。





「あらやだ、いくらなんでも長湯しすぎたわね。そろそろ出ようか!結ちゃん!」



まるで太陽のような明るい笑顔を見せて絹江につられて、結もにこっと笑った。




「…はい!」



しわしわになった指先を見ながら、結は穏やかな気持ちで微笑む。





"大事なのは来た道より行く道"





(…うん…!)




外では弥勒と薬売りの喧嘩腰の声。

結はもう一度笑うと、絹江に続いて風呂場を後にした。



― 番外章・君を想う 了 ―


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