番外章(二)
└八
どんどんどんっ!
「すみません!起きてください!!」
「先生!!先生!!」
静まった夜中に、庄造と女将さんの声が響く。
「起きてくれ!!!」
どんっっ!!!
庄造は泣きながら戸を力任せに殴った。
「なんじゃい、戸が壊れる!!」
ガラッと戸を開けると、うっすら酒の匂いが漂った。
「…はぁ…っまぁた酔っ払ってるね…はぁっ、このじじぃ…」
痛みに冷や汗をかきながら、私が言うとそのじじぃはふんっと鼻を鳴らす。
「ほぉ、絹江。ずいぶんいい物刺してるな」
「もう先生!!」
眉間に皺を寄せる私の代わりに、女将さんが怒鳴ってたっけ。
「まぁ、任せとけ。いい包丁だ。もう一度正しく使いたいだろ?」
「…っ!…は、はい…!」
抱きかかえられたまま、庄造を見上げると私の頬に彼の涙がポタポタと落ちてきた。
(大丈夫…そう…)
何だかとっても嬉しくてね。
あーこいつ泣けるんじゃん、ちゃんと心あるんじゃんって。
痛くて気が遠退きそうで、震えるくらい怖いのに、胸だけはすごく温かかったなぁ…
「ほいほい、じゃあ絹江を奥の部屋に。お前さん達は外で待ってなさいな」
じじぃに言われるままに奥の部屋に連れてかれた私は、心配そうに見る庄造に笑って見せたの。
「しけた面…してるんじゃないわよ…すぐ終わるから…はぁっ…寝て待ってなさい…よ…」
庄造が困ったように泣き笑いすると、静かに戸が閉められた。
…ここからは聞いた話。
だって私、そのまま気を失ってしまってさ。
私が先生と奥の部屋に入って治療を始めて、数時間。
もう空は明るくなり始めてたって。
「…………」
頭を抱えて何も話さない庄造。
女将さんはね、私も心配だったけど庄造の方がハラハラしたって。
「何が…何があったかは知らないけどさ」
「…………」
「あの子があの子なりに考えてした事を、私が責めるつもりはないわ」
「お、俺…」
「…いいのよ。どう言う結果になろうとも、あの子の責任よ」
「え…」
女将さんの言葉に、庄造が目を丸くした。
「後悔するようなことなら最初からしないわ。恨みも憎みもしない。あの子はそういう子」
「……っう…」
泣き出した庄造の背中を、女将さんは優しく撫でる。
「私の姪を舐めてもらっちゃ困るわ?」
「うぅ…っく…」
「それにね、あんな身なりでも、ここの先生は元は武家の専属医師だったのよ。刃傷は大得意。だから心配ないよ!」
「はい……っ」
それからずっと庄造は子供のように泣いていたって…
「あ〜、疲れたわい」
「先生!」
「あー心配するな。傷は深くないし、手入れのいい包丁だからの。ちっと大人しくしてりゃすぐ塞がるわい」
どたーん!
「あぁ!ちょっと大丈夫!?」
「おーおー…男のほうが根性がないのぉ」
じじぃの言葉を聞いた途端、庄造は力が抜けて尻餅をついたってさ。
目に涙をいっぱい溜めてね。
「ほ、本当に…本当に?」
「傷はな、深いほうが出血が少なかったりするんだよ。それに鈍らで斬られた方が傷口が汚い」
「…よ、よかった…」
じじぃはニヤッと笑うと、ポンッと庄造の肩を叩いた。
「でもな。大事無いとは言え、あの傷は残るぞぉ。嫁入り前の体に切り傷…責任は重大じゃのぉ」
「え…」
不敵な笑顔のままじじぃはうーんと伸びをした。
「はははっ!じゃあワシは寝るからの。女将、お礼は美味い酒を一献、な」
「えぇ…!ありがとうございました…!」
女将さんと庄造は何度も頭を下げて、じじぃの背中を見送ったんだって…
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