番外章(二)
└五
「ここはいい町だな」
包丁を片付けながら、井戸端で庄造が呟いた。
その夜も井戸端で包丁の手入れをして、私は縁側に座って。
いつもと一緒。
でも、やっぱり今夜が最後だって思うと、やっぱり空気が違ってたなぁ。
「いい魚も手に入るし、みんないい顔して笑うしな」
「それに私みたいな小町がいるしね!」
寂しい気持ちに気づきたくなくて、気づかれたくなくてわざとおどけたりしたっけ…
でもすぐに言葉少なくなってしまってね…
「あの気色悪い坊ちゃん達のきゃいきゃい騒ぐ声が聞こえなくなるんだもの、せいせいするわ!」
「あー…ははは」
「あの小姓さんたちだって、みんな女の子みたいに綺麗な顔してるのに…なんであの坊ちゃんなんだろ?」
私が不思議そうにそう言うと、庄造は一瞬眉間に皺を寄せたんだ。
「あの人は…あーゆーのが好みなんだろうよ」
「そりゃそうなんだろうけど…」
「まぁ、そのお陰で俺は免れたんだし」
「は?あんたも小姓さんだったの!?」
信じられないって表情の私に、庄造は続けた。
それと同時に、庄造の母親のした事に気づいたんだ。
(…お母さんは、京宮の先代の妾…?じゃあ庄造が売られたのって…)
「俺も昔は可愛らしかったんだぜ?」
ハッとして我に返ると、庄造はニヤリと不敵に笑って見せた。
「でも大きくなる内にあの人の好みじゃなくなったんだろう」
「うげ…」
「ははは!絹江は素直だなぁ」
庄造は笑いながら月を見上げる…
その横顔が、やたら寂しそうで私は目が離せなかった。
「…俺があの坊ちゃんに売り飛ばされた頃、もう一人一緒に屋敷に入った奴が居たんだ」
「え?」
「坊ちゃん好みの綺麗な顔の奴でさ。月夜(つくよ)って呼ばれてたな」
「月夜?」
「あぁ、坊ちゃんは気に入った奴に好きに呼び名を付けるんだ。やたらめったら煌びやかな名前をさ」
「う、うわぁ…で?いまはどうしてるの?あの中に居る?」
私の質問に、庄造は目を閉じてゆっくりと首を振った。
「…流行病でな。元々体が強い奴じゃなかったし…」
「……そう…」
庄造はニカッと笑って私を見て続けたの。
「俺、そいつと仲良くてさ。幼馴染みたいなさ」
「うん…」
「あいつが病気になったとき…坊ちゃんはさっさと捨てたんだよ」
私はすぐに意味がわからなくて、次の言葉を出せずに居たわ。
「医者に見せるでもなく、お払い箱。誰にも情けをかけられずに、あいつは屋敷を追い出された」
「え…そんな…」
「…どうにか探そうと、俺も努力したけどさ。どうにもできなかった」
庄造はギュッと拳を固く握った。
「…庄、造…」
私は自分の手が少しだけ震えてる気がして、縁側で自分の膝を抱いたんだ。
その様子を見て、庄造は私の前にしゃがみ込むと、そっと私の頭を撫でた。
「悪い悪い!辛気臭い話したな。まぁ、あれだ、昔話だ!」
「………ううん…」
そして、柔らかい笑顔で私を覗き込んで…
「…もう寝ろよ。じゃないと…離れられねぇだろ」
「な…っ!」
そう言ってまた私の頭をぐりぐり撫でたの。
「ば、バッカじゃないの!あんたも早く寝なさいよ!」
「ははは、それもそうだな」
私は恥ずかしいやら悔しいやらで、勢いよく立ち上がった。
(…あれ…?)
そのとき一瞬見えたのよ。
いつも庄造が念入りに砥いでいた小さな包丁…
なぜかそれだけは懐にしまってあった。
少し肌蹴た袷から、その包丁の柄が覗いてたの。
「…じゃあな」
庄造は立ち上がると、小さく手を振った。
「う、うん…おやすみ…」
私は何だか胸が騒ぐのを、うまく消化できないまま自分の部屋に向かおうとしたの。
「絹江」
不意に呼び止められて、私が振り返ると庄造はニコッと笑う。
「……何よ…」
「いや…迷惑…かけて悪いな」
(…坊ちゃんのことかな…?)
返事ができないままでいると、庄造は軽く手を上げて井戸端から去っていった。
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