巻き返し

人間、気合いを入れる際、勝負服なるアイテムを着用する場合がある。
一つ例を挙げるなら、ここぞという時に履くTバック。何時もとは違う着用感にしゃんとしなきゃ、と気持ちが引き締まるらしい。大事な仕事の時や特別な日、もちろん異性対象の勝負の日に用いられる。
ちなみに、この話の主人公もそう言ったアイテムがある。残念ながらTバックではないが、彼女の気合いを入れるアイテムは少し高めのハイヒールだ。普段履きは高さ5cm。仕事をする上で自分の中で一番動きやすい高さ。
だが、ここ一番気合いを入れたい時は7cmのヒールを履く。
何時もとは違う視界、高さに少し緊張する脚、背筋をしゃんとしないと崩れそうになるバランス。その全てが自分に気合いの入れてくれる。その7cmヒールが可愛いければ尚の事。
余談だが、Tバックは普段から着用している。あれはパンツスタイルの時、下着のラインが出なくて便利なのだ。

そんな訳で、まゆは下駄箱からデニム素材のカジュアルな7cmヒールを取り出すと真っ赤なペディキュアが光る足を突っ込んだ。

今日は職場に行く用事はない。ただの買い物。日用品ではなく久々に服とかコスメとかを見ようかと家の外へと出たのだ。
そう言えば好きなブランドから新しい口紅が出ていた、それを買いに行こうかな…と考えながら足を進める。ふと、人通りの多い通りに出れば、平日の昼間だというのにカップルが多い事に気がついた。正直、腕を組んで歩いている男女を見ると「いいなぁー」と思ってしまう。どうやらまだまだ自分も乙女らしい。
そんなカップルをよそ目に、まゆは先日の事を思い出してしまった。

土方に久々に抱かれた日。
あの時は酒の所為もあり、記憶がほぼなかったが、人の脳とは不思議なもので徐々にぼんやりとした記憶が形を保ってきてしまったのだ。

なめらかに自分の体を這い回る大きな手、胸から腹へ、腰へ、そして足まで来ると、ゆっくりと内ももを押し広げ厭らしい音が鳴るソコに埋まった。堪らず鼻に掛かった甘い声を出せば、あの鋭い眼光が嬉しそうに弧を描き、私の体の中に埋まった手が一点を擦り上げる。
そうだ、その後自分からお願いしてしまったのだ。「もう挿れて」と。
久々だから、とゆっくりと体内に入ってくるソレの形を、もう自分の体は覚えていなく無理やり押し広げられるような感覚があった。だが、そう思ったのは入ってきたその時だけ。その後はただただ快楽に揺さぶられた。
善い所を擦られ突かれ、たくさんのキスと甘い言葉が降り注ぎ、全身が唾液でベタベタになるぐらい舐められ甘噛みされ、兎に角、彼の与える快楽に翻弄された。
そして思い出したのだ。その触り方も、自分を頂点へと追い詰めるやり方も、何一つ変わっていないのだな…と。



「…うおっ、と!」

昼間っから如何わしい事を思い出しながら歩いていた所為で注意が散漫になってしまい、高いヒールのバランスが崩れてしまった。
いけないいけない。しっかりと集中して歩かねば足の骨を折る。もしくはこの可愛いパンプスのヒールが折れかねない。

しっかりしろ、まゆ。

プラスに考えようプラスに。
曲がりなりにも好きな人が相手だったのだ。しかももういつ抱かれたか思い出せない程会わずして別れた最悪な形の自然消滅と言う終わり方。
だから、最後に一回抱いてもらえただけ良しとしよう。犬に噛まれたと思って忘れる、のではなく、最後の大切な思い出にしよう。これで本当に終わりにしよう。心の中にこびりついた、この好きと言う感情もこれで全て削り取って捨ててしまおう。いい機会ではないか。
十四郎は散々好きだと言ってくれたが、自分の中に彼を好きだと思う気持ちがなければ恋愛は成立しない。

「今日は私の中の好きな気持ちとのさよならパーティーだ」

買い物終わりに美味しいスイーツでも買って帰ろう。それで家で一人でこの宝石の様なキラキラした好きと言う気持ちとさよならしよう、そう心に決めるとまゆは口紅を買うべくデパートへと足を速めた。


そして彼女はそのデパートで土方と会う事になる。
いや、この日だけではない。この日から毎日毎日、家の外に出るたび土方に会う生活になるのだ。



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