プレーンピザが一番好き



朝、家を出ると玄関に紙袋が置いてあった。きっと昨晩土方が夕飯を持ってきて、鍵のしまった玄関に置いておいたのだろう。今の季節朝晩は冷える。傷んではいないだろう、と美国はそれを冷蔵庫へとしまい込むと、もう一度家を出た。
家を出て、何処に行くでもなく足を進める。自由自在に動く足が愛おしくて、どこまでも歩いていきたい気分だ。
だが、この足はまた近いうちに動かなくなってしまうだろう。錆びたブリキのおもちゃの様に、一歩も前に出すことが出来ず、無様に体についているだけになってしまう。

その前に、少しでも歩きたい。この足に歩く感覚を刻み付けたい。

何時もはそんな事思わなかった。例え足が動くようになっても、一日ずっとロッキングチェアーの上に座っていた。
だが、考えが変わったのだ。
きっとそれはここ最近出会った人間たちのせいだろう。ずかずかと遠慮もなく家に入り、そして美国自身の中にも踏み込んでくる輩たち。
無礼もいいところだが、何だか自分はそれが嬉しくて、楽しくて仕方ないのだ。きっとそんな彼らに感化され、気持ちが変化したのだろう。


『……川沿いとか、歩いてみようかな…』


きっと朝日を浴びてキラキラと綺麗な水面が見えるだろう。

そう思うと美国は目的地を川原にした。


自分の足が動かなかったり動いたりするのは、呪いの力が関係している。
いや、呪いの力が関係しているというか、この足自体が呪いにかかっているのだ。
その深い深い呪いは簡単には解けない。いや、そもそも解けはしないのだ。
一生その呪いを足に抱き、人生を全うしなければならない。

そんな人生を受け入れるのが苦痛で、現実逃避の様にあの家に引きこもっていた。ろくに家から出ることもなく、食事すら自暴自棄になり、ただただ月日が流れるのを眺めていた。


けれども、変わったのだ。


川原へと着くと、舗装された道ではなく砂利の凸凹道。けれども今の足ならば容易く歩ける。
少し大きな石が転がっていれば足で蹴飛ばして、小さな小石は踏みしめて…キラキラと光を反射するその川辺を美国は鼻歌交じりで歩いた。


「美国?」

『………え?』


今の時刻は朝の8時。
まさかこんな朝早くから、しかもこんな場所で知り合いに会うとは思ってもみなかった美国は名前を呼ばれた方向に首を回した。すると、そこにはパトカーを止め、窓からこちらに頭を出している土方がいた。
どうやら朝の見回りなのだろう。


「何やってんだ?こんな朝早く」

『ちょっと散歩に』

「足の調子はいいのか?」

『えぇ。すっごく』

「そうか」


そう言うと土方はパトカーを路肩に停めて降りてきた。どうやら同乗している人物はおらず一人のようだ。
バタンとドアを閉めると同時に懐から煙草を取り出し火をつける。その紫煙をゆらゆらと揺らめかせながら、美国のところまでやってくると「お前昨日何処行ってたんだよ」と聞かれてしまった。


『ちょっと用事があって』

「用事?」

『何?用事が何もなさそうな人間に見える?』

「別にそういうわけじゃ」

『引きこもりでも用事の一つや二つはありますよーだ』

「はいはい、そうですか」


何をしていたかなんて答えられるわけがない。
美国はにへらと笑うと、体のいい言い訳を述べてその場を濁した。


『ご飯ごめんね?今朝気がついて…お昼ご飯に頂くから』

「昼って…流石に腐ってんじゃねーか?」

『平気でしょ?朝晩涼しいし』

「そうか?」

『そうそう、大丈夫』


そう答えたところで、土方の吸っていた煙草の火種がフィルターまで迫ってきた。話も丁度途切れたし、と美国は『じゃぁ、私はもう少し散歩して帰るね』と伝えると軽く頭を下げてその場を去ろうとした。
それに土方が何かを思い出したかのように「あ!」と声を上げて来た。


「悪い、今日は色々立て込んでて行けねぇんだ。だから代わりの者に飯頼んどくから」

『え?そうなの?…なら別に今日は大丈夫よ?ピザでもとって食べるから』

「そうか?…けどお前本当にピザ頼むのか?またカロリーエイトだけなんじゃ…」

『と、取るわよ!忍忍ピザ大好きだから!久々に食べたいーって思ってたところなの!』

「…なら、いいが…」

『では、そういうことで』


お前は母ちゃんか、と突っ込みたくなる程、人の飯の心配をする土方に苦笑を零すと、美国は今度こそ土方の前から足を進めた。
そして頭の中でなんのピザを頼もうかなーとメニュー表を思い出したのだった。






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