胃袋を掴むはお袋の味




真っ白い世界で誰かが言った。
いや、言ったといっても何を言っているかは聞き取れなかった。
ただ、その誰かの口元が何かを告げるように動いたのだ。

貴方は誰なの?

暖かく柔らかい雰囲気を醸し出して、とても心が落ち着く。その腕に抱かれれば気持ちがいいのだと、私は知っている。

貴方は誰?

知っている。けれども知らない。だから顔が見たいのに、それはどうしも叶わなくて、どんどんその見たい顔が白い世界に溶けていく。








『っ、』


目が覚めれば、白い世界なんて物は消え去り、木目の天井が見えた。
どうやら夢を見ていたようだ。
だが、あの消えてしまった未来を見ていたわけじゃない。消えてしまった未来を見ていた時の夢を見たのだ。要は何度も見た物を夢に見ただけ。天眼通で見えたものではない。


やっぱり、もう見えないのか…。


そう思いながら体を起こして、小さな違和感を下半身に感じた。
重く感じる足。
どうやらまた上手く動かなくなってきたようだ。だが、全く動かないという訳ではない。
美国はのそりと布団から這い出ると、うまく動かない足を引きずって居間へと向かった。

居間に行くと別に見たいわけじゃないがTVをつけた。朝流れている番組と言えば情報番組だ。それを静かな居間に流すと、何時もの戸棚の一番下を開けた。

今日はフルーツ味にしよう。

味を決めてそれを取り出すと、インスタントコーヒーを淹れる事にした。飲み物なしでカロリーエイトを食べると喉に詰まる。これは経験上学習した。よって美国は熱いホットコーヒーを淹れるとうまく動かなくなった足をゆっくりゆっくり動かし、零さないように居間のソファーへと向かった。


『ん、カロリーエイトはやっぱフルーツが一番だわ。あ、へー…拙者拙者詐欺が多発かぁー…引っかかる人なんてまだいるんだ…』


ずずずっと熱いコーヒーを啜りながらカロリーエイトを齧る。そしてつけていたTVに何となく耳を傾けながら、今日の予定を頭の中で思い浮かべた。しかし、予定なんてない。
天眼通の当主の座を追われ、ここに追いやられてからというもの、自分にはこれといって予定も何もなくなった。ただただ時間が過ぎるのを待つだけの隠居爺の様な生活なのだ。

まぁ、こんな足じゃ何処にも行けないんだけどさ…。

そもそも足がまともだったとしてもそんなアクティブな人間ではない。
いいのだ、自分はただ時間の流れをのんびりとロッキングチェアーに揺られ感じるのが好きなのだ。この生活に苦はない。
そう自分を納得させると、美国は食べ終わったカロリーエイトのゴミと飲み終わったコーヒーのカップを片付けるべく台所へと向かった。


『っ、おっと!』


どうにも上手く動かない足。台所へ向かう数mでさえ、足がもつれて転びそうになってしまった。転んでしまえばお気に入りのコーヒーカップを割ってしまう。ここは気をつけなければ…と錆びたロボットの様な動きをする足にムチを入れると、慎重に慎重に足を勧めた。

その時だった。

ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
が、相手が見えない。と、言う事は自分が見えないあの4人のうちの誰かだろう、と美国は目星をつけると『はーい!』と腹声を出して家の中にいることをアピールした。


「ごめんくださーい!自分、副長の使いで来た山崎って言うものですがー」

『…は?あの4人じゃない?』


山崎なんて名前は初めて聞く。だというのに、自分はこの玄関むこうにいる人物が見えない。
またしても天眼通で見えない人物のお出ましか、と美国は情けなさそうに落胆すると、よたよたと玄関まで向かって鍵を開けてやった。


「あ、初めまして山崎です!これ、副長から頼まれたものです!」

『…どうも』


玄関を開けた先にいたのは地味な男だった。これといって特徴も…、敢えて言うなら髪の毛の襟足がひょんと跳ねている事だけの様な男が紙袋を手にそこにいたのだ。
はい、どうぞ、と言って渡された紙袋の中身をみれば、タッパにはいった飯で、その事に美国は前日の飯のタッパを返してなかったな、と思い出すと『あ、この前のタッパ…』と口を開いた。





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