んー…どうしよっかなー…。
そう思いながら暗い廊下を厠に行くために歩いていると、目の前に見知った影が現れた。
鬼宿だ。
背中には荷物を入れた風呂敷を背負っている。それを見た真優は『行くのか?』と聞いた。
「あぁ」
『巫女が泣くぞ』
「知ってる。けど…」
『親も心配だもんな?』
「…っ、」
倶東国は手段は汚く、鬼宿と自分を寄越さなければ襲撃をやめない、と言ってきた。その襲撃されている村は鬼宿の実家の近くで、彼の気持ちも分からなくない。
『お前が行くなら、私が行く』
その言葉に鬼宿は冷静に「駄目だ」と短く返した。
「お前は俺と立場が違う。それにもし何かあっても力が使えないんだろ?危なすぎる」
『………ま、足でまといになるかもな。けど…』
「それにきっとあの心宿はあんたをうまく利用するに違いねぇ。そうなりゃ村の危機どころじゃねぇ、国の…世界の危機に変わっちまうかもしれねぇ」
『ふむ』
「だから、俺一人で行く。お前は来るな」
『………』
本当、神とは名ばかりで、こういう時何も出来ない。
出来ることと言えば、頑丈なこの身を提供するぐらいだと言うのに、それすらもこの男は駄目だという。
後でこっそりとついていってしまおうか、と思っていると、自分を見ていた鬼宿の目線が少し外れた。
一体どこを見ているのだろう?とその目線を追おうとすると「井宿も心配してるみてーだし」と可笑しそうに言われてしまった。
それに後ろを振り返れば、いつの間にか背後に心配そうに立っていた井宿の姿。全く彼の気配に気がつかなかった事に目を丸くすると、うつむき加減で黙って背後に立つ男に『馬鹿だな』と声をかけてやった。
「井宿、真優を頼むな…あと美朱も」
「だ、分かっているのだ」
『……鬼宿、』
「なーに心配すんな。朱雀七星士が揃えばすぐ戻ってくるって!」
『……あぁ、』
それだけ言い残すと、鬼宿は廊下の手すりをヒョイと飛び越え、夜の闇に溶け込んでいってしまった。
本当にこれで良かったのだろうか?彼よりも自分が行くほうが良かったのではないだろうか?と消えてしまったその姿をずっと眺めていると、不意に背後から抱きすくめられた。
そして「君は行っては駄目なのだ」と念押しの様な声が耳元で聞こえた。
『……それは、私が神だからか?』
「……」
『私が普通の人間だったなら…行っても良かったか?』
「そしたらもっと行っては駄目なのだ」
『ふふっ、そうか』
「そうなのだ」
クスクスと暗い廊下に響く真優の笑い声。それを聞きながら井宿は抱きしめる腕を強くした。
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