「ふわくんは文化祭誰と回るの」
「えっ?あ、えっと、まだ…とりあえずクラスの展示の当番の割り当てが決まってから、友達と相談しようかと…」
「そっか」
「は、灰瀬先輩のクラスは、何をするんですか」
「何だったかな〜演劇だったかな、あれ、ダンス?」
「先輩は出ないんですか」
「うん。ステージ朝一の枠だから、俺には無理」
無理、とは…
朝から会えたら良いことがあると言われる所以だ。朝は苦手なんだとまるで悪びれた様子もなく笑うから俺もそうですかとしか返せなかった。
「ふわくんのクラスはパンケーキカフェでしょ?俺甘いの好きだから、遊びに行くね」
「ほんとですか?」
「あはは、もちろん」
灰瀬先輩は可愛い。
間違いなく先生たちを含めても校内で一番大きいけれど、人懐っこくいつもにこにこしているから威圧感はないし、何より噂通り癒しスポットみたいな人だ。
「あっ、灰瀬先輩」
「うん?」
「これ…俺いつもたくさんお菓子貰うから…良かったら」
「わ、ありがとう」
「チョコレート、ですけど」
「大好き」
ウェーブのかかった前髪には、可愛らしいリボンのついたピンがくっついている。女の子たちに留めてもらったのだろう。少し色の抜けた髪に、真っ赤な小さなリボンはとても目立つ。でも、目尻の下がった先輩の笑顔には負けて、全然気にならない。灰瀬先輩本人もきっと付けていることを忘れている気がする。
先輩は俺の差し出したアーモンドをチョコでコーティングしたお菓子を一つ、大きな口に放り込んでまたとろけるように笑った。
「美味しい。ありがとう」
「ど、どういたしまして…あっ、どうぞ、何個でも食べてください」
「優しいね、ふわくん」
なんと言うか、灰瀬先輩に惹かれるのに時間はかからなくて、俺はたった数回言葉を交わしただけの先輩を好きになっていた。好き、と言っても恋愛的な意味ではなく、なんていうか…この人を嫌いな人は居ないだろうというくらい“好かれている”を前提とした好意、だ。
“ふわくん”と、とても軽く羽みたいな声で名前を呼ばれる度に胸がきゅんとするのは何なのか。漠然と「灰瀬先輩は本当に妖精みたいだ」なんて考えることで消化していた。
文化祭当日、灰瀬先輩は約束通りパンケーキを食べに来てくれた。それはもうたくさんの友達を引き連れて。
「えっ、灰瀬先輩!?」
「うそ、ほんとだ〜すごーい」
「おっきいねー」
引き連れて、というよりはなんとなく一緒に来ただけだろうか。先輩の集団、というだけで怯んでしまった俺を見つけた灰瀬先輩は「ふわくん」といつも通りに笑って手をあげた。
「大人数になっちゃってごめんね」
「あ、いえ、こちらにどうぞ」
「ありがとう」
男女合わせて十人ほど。
灰瀬先輩はネタで作ったトッピング全部乗せのスペシャルパンケーキをぺろりと食べ、俺に「もう休憩入る?」とこっそり耳打ちをした。他の先輩たちはそれぞれ注文したものを食べたりお喋りをしていて気付いていない。
「この後俺と回ろうよ」
「へ、あ…」
「少しだけでもいいから」
「あ、はい、あ…じゃあ…」
「図書室で待ってるね」
三階の突き当たり、図書室はすぐそこだ。先輩達が出ていってから俺も休憩に入り、エプロンを取りながら「待ってる」って言っていたけれど、あの輪からあっさり抜けられるものかとふと思った。ましてや灰瀬先輩だ、周りがほっとかないし、どうやっても目立つ。
実際廊下に出ただけでも外はざわついたし、本当に謎な魅力を纏っている人なのだ。
「冨和、俺上がる頃戻ってきてな〜。ステージ発表見に行こ」
「うん」
カーディガンを羽織り、教室を出て図書室へ。図書室での催しは無かったはずだけど、そのドアは施錠されておらず簡単にドアは開いた。
本の匂いに満ちた空間で、すぐに灰瀬先輩を見つける。本棚に隠れるように立っていた彼は、けれど普通に肩が出ていて俺が声をかけるとそれを小さく揺らしてひょこりと顔を出した。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ううん、お疲れ様」
「他の先輩たちは、良いんですか?」
「うん、もう帰るって言っておいたから」
「えっ、帰っちゃうんですか?」
「見たかったところは行ってきたし、明日もあるし、今日はもうふわくんとわかれたら帰るよ」
自由な人だなと思った俺に緩く笑った先輩は、背中を丸めて「パンケーキ美味しかったよ」と囁いた。
「し、市販の素使ってるんですよ」
「でも美味しかった」
「…俺が作った訳じゃないんですけど、灰瀬先輩ほんとに美味しそうに食べてくれるから、見てて気持ち良かったです。ありがとうございます」
美味しいと微笑んで食べていただけ。
ほんの少し前の先輩のその顔が蘇り、ぽっと頬が熱くなった。この人といると胸が暖かくて、穏やかで、足元もふわふわしてくる。知らないことばかりなのに、今俺にだけ微笑んで「ふわくん」と名前を呼んでくれることが嬉しい。
「時間、何時まで大丈夫?」
「えっと…あと、一時間くらい、なら」
「じゃあそれまで二人で回ろう」
こっそり、灰瀬先輩は俺の手をとって図書室を出ると、軽やかな足取りで階段を降りた。俺はもう完全に、恋に落ちていた。
01 : Angel's share
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