うちの学校には有名な先輩がいる。

「あ、灰瀬おはよ〜」

「朝から来てるの珍しいね」

「え、飴くれるの?ありがとう」

それは妖精みたいな人で、けれど妖精と言っても掌サイズの羽が生えた可愛らしい空想の生物を連想しての妖精、ではない。朝からその人を見ることが出来たら良いことがあると囁かれるほどレアな存在、という意味だ。

「朝灰瀬に会えたおかげかな、英語の小テストすごい出来た」

「うそ、わたしも会いたかった」

その灰瀬先輩はこう、なんというか…ふわふわつかみどころのない人、らしい。妖精と揶揄される理由としてもう一つ、そんな不思議な空気を纏っている、ということ。いつもにこにこふわふわした表情で、声を掛ける人に飴やチョコレートを配り、多少服装が乱れていても「ごめんなさ〜い」で済まされるほど教師からも可愛がられている。元々病気がちで遅刻早退授業の途中退出は大目に見てもらえているという噂があり、本当がかどうかは分からないけれど、俺は高校に入って半年、一度もその“灰瀬”先輩を見たことがない。それでも在学しているのだからあながち間違ってもいないのだろう。

一度も見たことがないのに「ふわふわ」「にこにこ」「きらきら」「かわいい」「癒される」と、聞くだけの情報で勝手な想像で灰瀬先輩を作り上げていた。全く、無責任な話だけど。


灰 瀬 先 輩 



俺がその妖精先輩に初めて会ったのは文化祭の準備をしている最中だった。

「あっ!?」

「わっ、」

ダンボールをいくつも抱えて前が見えていなかった俺は何かにぶつかって廊下に盛大に荷物をぶちまけてしまった。はっとして慌てて顔を上げると既に手を差し出されていて。大きな、それはもう見たことがないほど大きな手で。

「ごめんね、大丈夫?」

「……」

「どっか痛めた?」

そこから、ゆっくり、腕を辿って視線を上げるとやたら背の高い、恐らく先輩らしい男の人の顔が見えた。
ウェーブのかかった少し長い前髪を軽く横に長し、現れた目元は目尻の下がった柔らかいもので、けれど目が悪いのか、大きく見開いたり細めたり、ぱちくりと俺を見ていた。

「、あ…」

「うん?」

「ご、ごめんなさい、平気です、あの、せ、先輩?こそ、怪我とか…」

「平気平気立てる?」

あ、はははい、と挙動不審な返事だなと自覚しながら立ち上がると、その人はやっぱり大きくて圧倒されてしまった。こんなに大きい人が居たのか、と驚きを隠せていなかった俺に、その人は「ごめんね、俺デカいから痛かったでしょ」と少し腰を屈めて微笑んだ。笑うと目尻が余計に下がる。
背は高いし肩幅も広いけれど、全体的に厚みはない。だからといって痩せている印象もない。
廊下に広がった段ボールを拾い集め、片手でまとめて小脇に抱えた先輩は、また腰を曲げて俺のスラックスについた埃を軽く叩いてから「教室どこ?」と、まるで小さな子供に話しかけるように問うた。

「い、ち年、三組…です」

「あはは、一年生かあ、一番上の階だもんね、そりゃ大変だ」

大きくて怖い、けれどよく笑う、それが第一印象だった。

彼は何でもない顔でいこう、と笑って俺の荷物を全て教室まで運んでくれた。そして去り際、頭を下げた俺にとろけそうな微笑みをくれてチョコレートまでくれた。

「本当はこれのいちごが一番好きなんだけど、今日はもうないからまた今度、あげるね」

「えっ、いや、」

「じゃあ、頑張ってね」

「あっ、ありがとうございました!」

チョコレート、甘い匂い、ふわふわきらきら、向けられた背中は大きく、前髪とは対照的に短い襟足から覗く首が体のわりに細くて目を引いた。数秒見つめていたらその人はくるりと振り返り、軽く手を振って階段を降りていった。

「おーい、冨和?」

「っあ、ごめん、遅くなって」

「いや、全然大丈夫だけど…なに、今誰と喋ってたの」

「……知らない、たぶん先輩」

「…めっちゃでかかったな」

「うん、でもこれ運ぶの手伝ってくれたしお菓子もくれた」

「…えっ、もしかして灰瀬先輩?」

「……えっ、分かんない」

それが灰瀬先輩だったと言うことを知ったのは、それから三日後だった。昼休みが終わる頃、教室にやってきて「ふわくん」と俺の前に来て、この前あげれなかったいちご味あげるねと唐突に現れたのだ。

ふわふわきらきら、甘い匂い。
癒し効果のありそうな笑顔のあと、「うお、灰瀬か〜教室戻ろうな」と入ってきた教師の発言によってそれが“灰瀬先輩”であること知った。おそらく、彼と関わりのないクラスメイトの大半が驚いたと思う。

噂の中にはこんなに大きくて男らしいなんてものはなく、正直俺も信じられなかった。信じられなくても、紛れもなく彼こそがうちの高校で最も有名な灰瀬先輩だった。妖精とはほど遠い見た目と、まさに妖精のような雰囲気と振る舞いに戸惑う俺をよそに、彼はチョコレートの包装を破って自分の口に放り込んだ。
俺の何を気に入ったのか、その後灰瀬先輩はきまぐれに会いに来るようになった。

少し猫背気味に、ふわふわの髪を揺らして。甘い匂いを漂わせて、花が咲くような笑顔で。俺の前に現れて、あっという間にその妖精は俺の心に棲みついてしまった、そんな先輩の話。


 00 : a bolt from the blue
   晴天の霹靂




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