「……朝、か」
随分懐かしい夢だった。
というか、回想くらいリアルな夢だった。
汗ばんだ体に気持ち悪さを感じ、そういえば昨日帰ってきてからシャワーも浴びてないなと気づいてすぐに風呂場に入った。ああ、そうだ、昨日は高校の卒業ぶりに高瀬に会って、一緒にご飯を食べて俺が酔ってしまって…高瀬がここまで送り届けてくれたんだ。お礼のメールくらいした方がいいだろうか。
それにしても…高瀬はどうして俺との再会を喜んでご飯に誘ってくれたのか、ルームシェアのこともそうだけど、彼の感覚がいまいちわからない。俺としてはそれくらい、彼が俺のことを“友達”みたいに思っていてくれたのならそれはそれで嬉しいのだけど。
「あーシマ、おはー、ねむー」
「おはよう。あ、昨日電話ごめん。何だった?」
「んあー、今日提出のやつ聞こうと思って。宮野に聞いたからもう大丈夫」
「そっか、ごめん、昨日少し飲んでて気づかないまま寝ちゃってた」
「え、珍しー。大丈夫だった?てか二日酔いもなさそうだね」
「平気だよ、ほんとに、少しだけだし」
「そっかー、じゃあ夏休み中また飲み誘うわ」
「そんなに飲めないけど」
「知ってる知ってる。あ、バーベキューとかもしたいよな」
「森田そういうの好きだよね」
「夏だしなー」
もうすでに日に焼けている森田はこんなにだるそうなのに意外とアクティブで、だるい原因はそのアクティブなんじゃないかと思うほどだ。どことなく、上原に似ているなと感じたのは入学してすぐだった。上原は地元に残っていて、今でもたまに会うくらいには仲良くしてもらっている。
「森田、今日車?」
「そうだけど」
「講義終わったら、乗せてってほしいんだけど」
「あー、いいよ」
夏期休暇前最後の講義を午前中に終わらせると、俺は森田の運転する車に乗った。そのまま近くのスーパーに寄って段ボールをいくつか車に積んでもらう。部屋の片付けをするからと言い訳をして、お礼にラーメンをおごって家まで送ってもらった。
免許はあるけど、こういう土地で車を持つというのはなかなか大変だ。こういう荷物があるときは便利だけど。
それから俺は崩れた本の山に手を付けた。開いたら読み耽ってしまう自信があるから、歯を食い縛って箱に積めていく。
「あ、」
古いものから新しいものまで乱雑にあったものを一つずつ移動する手が止まったのは、開始して二時間ほど経った、この調子だと箱が足りないという危機感を感じ始めた頃だった。
「懐かし…」
今朝の夢に出てきた本だ。反射的に開いてしまった表紙、そのパステルグリーンの見返しは少しくすんでいた。せれどあの妙なざらつきは健在で、不思議な感覚もそこにあった。まるで高校時代からそこに大事に大事にしまっていたみたいに、それは鮮明だった。
「…橋本の正義、は─」
『ヴーヴー、』
「っ、あ、電話…」
危うく文字を目で追うところだった。
遮ってくれた携帯のバイブに感謝しつつ、森田だろうかとそれを手に取ると、そこにはまだ違和感の残る存在である“高瀬朔人”の名前が映し出されていた。俺が送ったメールに対する電話だとしたら、なかなか律儀だなと通話ボタンを押した。
───…
「あ、シマ」
「ごめん、待たせた?」
「いや、すぐそこだし大丈夫」
改札を出たところで柱に背中を預けて佇む高瀬は、俺が彼を見つけるより先に手をあげた。昨日とは違い、眼鏡をかける高瀬は「今日から休みだから昨日の夜徹夜で課題をしていた」と、何とも意外な発言をした。
普段はコンタクトなのかとか、寝起きなんだろうかとか、聞きたいことは他にもいくつかあるのだけど…とりあえず今は家に招かれた身として大人しくそのあとについていった。
高瀬のアパートは駅を出て徒歩五分で、見た目かなり綺麗な五階建てのアパートだった。バストイレ別の2LDK。ここに独り暮らしは確かにキツそうだ、金銭的に。話を聞けば高瀬も越してきて三ヶ月だという。
「だからさ、シマが来てくれたらいいなって。シマの荷物ってほとんど本でしょ?」
「うん、」
「だったら全然迷惑じゃないし、学校までの距離も近くなるくらいでしょ?まあ、無理強いは出来ないけどね」
高瀬から受け取ったグラスには冷たい麦茶が入っていて、クーラーの効いた部屋では少し寒く感じたけれどそれでも乾いた喉には嬉しいものだった。
「高瀬は俺でいいの?ほら、もっと他に仲良い友達とか、か、彼女とか、じゃなくて」
「はは、良いって」
「でも、ほら…そんなに関わりあったわけじゃないし…気まずくない?大丈夫?」
「なんで気まずいの。久しぶりに会えて嬉しかったし、誰かと住むならシマが良いって思ったから聞いたんだけど」
優しい目で俺を見る彼に、もしかして俺は高瀬との思い出を忘れているんじゃないだろうかと不安になった。俺が覚えていないだけで、本当は仲良くしていたのかも…いや、友達の多くない俺がその貴重な一つ一つを簡単に忘れるわけはない、か。
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