眠りながら、きっと泣いていた。
月曜日の憂鬱な朝をサークルの部屋で迎え、朝一番で記録を提出に行った。窶れたことを隠すようにマスクをして。
虎には何も連絡を入れていなかったけれど、一日の講義を終える頃、メッセージが届いた。今どこ、という三文字の。それに今から一回帰るよと打とうとして、すぐに指が泊まった。

「蓮くん!実習お疲れ様です」

レオくんが大学の前で待っていたのだ。
今日の夕方少しなら会えると言ったのは僕で、レオくんはわざわざ大学まで来て待っていてくれたのだ。このあと一度帰って、荷物を置いたらバイトに行かなければならない。あまり時間はないけれどと告げたものの、それでも会いたいと言ってくれた。

「うん、ありがとう…」

「なんか、痩せました?」

「そうかな…少し、疲れてるかな」

心配を含んだ、けれどいつも通りの声に、やっぱり、聞き間違いじゃなかったのだと悟る。ハリのある、よく通る声。形の良い目が、少し悲しそうに細められた。

「すみません、何度も連絡して」

「ううん、ごめんね、返せなくて」

「いえ、…あ、あの」

「、ん?」

「告白、しました」

柔らかく微笑んだレオくんは、悲しそうに長い睫毛を伏せたまま「振られたんですけどね」と続けた。僕は何か言うより先に虎の名前を呼んで“好きです”と呟いた影がフラッシュバックして口をつぐんだ。

「でも、俺…まだ諦めないです。たぶん、その人の付き合ってる人、男の人、だと思うんです。その人が俺と同じでも違っても、こんな奇跡ないじゃないですか。俺、こんなに好きになったの初めてで…」

キラキラしている。
物理的にもそうだけど、“恋”をしているというのが見た目にわかる。

「二番目でも良いって言ったら、少し考えてくれたんです。都合の良い相手で構わないって…俺、それでも良いから、その人に触れるなら─」

「……付き合ってる人、男の人って、どうして分かるの?」

「え?あ、えっと、部屋上がったって言ったじゃないですか、同居人が恋人っぽくて…でも、家の中に女の人の気配全然無かったんです。実はあのあとも何回か行ったんですけど、その時も同居人って人は 部屋に居なかったし…」

レオくんの好きな人は虎なの、と、喉まできていた言葉を無理矢理飲み込み、震える手を握りしめた。何度も家に上がったとか、相手の気持ちが揺れたとか、もう全部の言葉に気が狂いそうで、ぐらぐらと揺れる頭をなんとか真っ直ぐにする。

「…レオくんの、バイト先って…どこだっけ」

「バーです。えっと、駅前の…」

「バー…」

「良かったら今度来てください」

キラキラした顔で、眩しくて、整った顔の満面の笑みはぞっとするほど綺麗だった。その顔が、少し赤らんで「初めて、好きな人とキスした」と、告げた。

「なんかもう、その思い出だけでこの先ずっと幸せかもって思うくらい、嬉しかったんです。ノーマルの人は絶対に好きになっちゃダメだって、諦めてきて、でも、好きになった人が男と付き合ってるってそんな奇跡、他にないと思うんです」

ぐさりと胸を刺され、心臓を抉られたような気持ちだ。ダメだ、虎の口から、きちんと聞くまでは、泣いちゃだめだと言い聞かせて涙を堪えた。

「蓮くん?」

「……ごめん、バイト、だから…時間…」

「あっ、すみません、そうでした。…ありがとうございました。話聞いてくれて」

レオくんの顔は見れなかった。
僕は逃げるように早足で駅まで歩いた。サラリーマンの少ない駅に人は疎らで、ホームに入ってくる電車に乗ることが出来ず見送る僕はかえって目立っていた。居心地の悪さから目を背け、震える手で携帯を開くと、不在着信が五件も入っていた。鞄に押し込んでいたから気づかなかったのだ。打ちかけのメッセージ画面を消し、ガタガタと大袈裟に揺れる指先でリダイヤルボタンを押すと、接続音が聞こえてくる前に虎の声が響いた。

「蓮!?」

「……ん、ごめん、今、大学出て…」

「駅?」

「うん」

「迎えに行くから待ってろ」

「ううん、もうホームだから…」

「……帰って、くるんだよな」

「……うん」

「蓮」

「帰るよ。すぐ、バイト、行くけど…」

情けなく震えた声に、虎は気付いたはずだ。僕はもう一度、帰るよと続けて電話を切った。言葉通り、数分後にやってきた電車に乗り、いつもの駅で降り、アパートへの道を進んだ。レオくんが嘘をつく必要なんてない。じゃあ、あのとき…ぐるぐると目が回る感覚に吐き気がして、通り道の公園で足を止めた。ほんの一ヶ月前、桜が満開だったはずの場所だ。もうすっかり葉桜の緑に姿を変えた景色は、桜の儚さよりずっと力強いはずなのに…今の僕にはとてもそうは思えなくて。

公園に入ってすぐのベンチに腰を下ろし、込み上げてくる嘔吐感に目を塞ぐ。じわりと暑くなってきたこの時期も、今の時間帯ならわりと過ごしやすい。風が気持ちよくて、もう子供も居なくなったそこで、僕は一人吐き気が治まるのを待った。もう少しで家なのに、その距離さえ歩けそうにない。このまま横になりたいけれど、そんなことをしたら救急車を呼ばれてしまうかもしれない。それはさすがに申し訳なくて、ゆっくりゆっくり、深呼吸を繰り返した。

やっと立ち上がれるようになったのは、それから随分経ってからだった。時間を確認して、一瞬で我にかえった。バイトに間に合わない。
荷物を置きに帰りたかったけれど、時間がない。すぐに出れば間に合いそうだけど、虎と顔を合わせてしまったら行けなくなる気がして、結局その足でバイトに向かった。

タイミングが悪いような、良いような、微妙な気持ちでそれでもラストまで仕事をして、着替えてお店を出たのはちょうど十時だった。虎にはバイト前に時間がないからやっぱり帰れないとメッセージを送っておいたけれど、その返事を確認することは出来なかった。バッテリーが切れてしまっていたのだ。
どちらにしても今から帰るし、虎もバイトに出ている時間だ。そう思いながら重い足を引きずって二週間ぶりの…ほぼ三週間ぶりの二人の部屋に帰るとアパートの前に虎の車があった。外から部屋の電気がついていることも分かる。いるのだ、部屋に。そう思うと足がすくんで、重い鞄を背負う体がそのまま後ろに倒れてしまいそうだった。
全て僕の勘違いかもしれないのに、どうしてこんなに確かめることが怖いのだろう。自分でも分からない。

鉛のようなその足を時間をかけて前に進め、階段をあがる。部屋の前まで来て、鍵はリュックの中だと思い出す。着替えや書類の詰まった中から探し出すのは億劫で、インターホンを鳴らそうかと思うのと、ドアの向こうから声が聞こえたのはほとんど同時だった。
誰か来ている、と、脳みそが処理した途端酷い眩暈に襲われ、肩から外していた鞄を落とす。どさりと大袈裟な音を出したそれに、会話が途切れた気がした。自分の家なんだから堂々とドアを開ければ良いのに、それが出来ないで突っ立っていた僕の前でそれが緩やかに開いた。ギッと、小さく軋みながら。

「、」

先に見えたのは、虎ではなくて…









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