イツカと飯嶋開


forr百鬼夜行抄

バスに揺られている。
独特な車内の匂いに、少しだけ顔をしかめた。
「時代が進んだね、そろそろ君の時代じゃあないかい?ゆい ちゃん」
─ゆいちゃん。
隣に座る黒髪の青年は、開のことをそう呼んだ。そう、ここでは名前は知られない方がいい。
「…僕の時代、そうか。君は昭和初期、それも第二次世界大戦経験者だったもんね」
明らかに自分よりも年下のその青年は、開に対し世間話を始めた。自分の経験を語り出した。そうでもしないと、計り知れないほど長い時間が過ぎていたからだ。

時代に似つかぬ、古い列車に乗っていた。
そして乗客もそうだ。大日本帝国陸軍の制服に、疎開先へと向かう出で立ちの女子供。異界へと迷い込んだな、そう思った時にはもう遅い。
がやがやと乗客は騒がしくしている。
開は、後ろから次々と乗り込む乗客に押されながら進んでいった。どこかへ座らなければ…そう思って空いている席を目で探す。しかし、空いている席の隣はどこも雰囲気が異様だった。一見普通に見える乗客たちは、みんながみんな死んでいる。死んでいることを忘れてここに居る。
そんなものの隣に座ればどうなることやら…。
あいにく、手持ちの式神は側にいない。
式神さえも剥がしてしまう、この結界。
列車の中の通路をどれだけ進んでも、ぐるぐると同じ車両を歩かされる。
─律が気付いてくれるといいが…。
ふと、このことを話した甥の顔を思い出す。そして、遠くの方でその追いの姿を見つけてしまった。
人に波を縫って、その空いた席を目指した。
同じタイミングで甥が振り返り……
「り、」
「やぁ、君」

律ではなかった。
鋭い眼光。太くしっかりとした眉。形の良い顔、小さな唇。
「僕の隣は空いているよ」
濃い青のタートルネックに、ジャケットとスラックス。自分と同じ時代の出で立ちをした青年だった。
開はハッとする。
「すみません…知り合いと勘違いして」
「なぁに気にすることはないよ、これから長旅をする友だ。僕のことは…そうだな、ヒロと呼んでくれ」
「あ、あぁ僕は」
「君は結ちゃんだ」
ヒロに服の袖を引っ張られ、開は隣の席に座った。突然名前を指定され、開は戸惑ったがヒロがまくし立てるので押されてしまう。
「どうだろう、君も僕と同じような状況だと思うんだよなぁ。きっと帰りたい場所も一緒だし、やらなくちゃいけないことも一緒だ。協力しないか?僕ひとりでも出来るんだが、二人のほうが易い」
「い、いいですよ…えっと。あなたもそういうお仕事を?」
「うん!依頼されてね!」

他愛のない話が尽きた頃に、ヒロは「もっと面白い話をしてあげようか」と微笑んで、映画みたいな話を開に聞かせたのであった。


軍の秘密実験。
サヴァン症候群の子供たちは、ゼロ戦に乗って爆弾になる予定だった。
「それが全部本当だと言うのかい?」
「本当だとも。張本人が語るんだからそうじゃないか」
「……でもその、それが本当なら…あなたは年齢が若すぎる…」
「固いこと言うなよ結ちゃん、君だって中身は年を食ってないじゃあないか。僕も似たようなものだろう」

言い当てられて、開はぎくりとする。
このヒロという青年、自分と同じと思っていたが違う。これは違う。次元が違うものだった。
まずい。開は内心慌てていたが、表情は変えなかった。対峙している相手が、人のフリを出来るあやかしだったとは…。

「まぁ座りなよ、バスが動いている時は立っちゃいけないんだよ」
ヒロの言葉には、強制力があった。
「で、どうだい?周囲の様子は」
「…どうだい、ってきみは見えてないのか?」
「僕は純粋な霊能者じゃあないんだよ、幽霊とか妖怪の姿と普通の人の姿の違いがあやふやでね。ぼくは人を救わなくちゃいけないんだ。だから結ちゃんには、ここにいる中の生きてる人間を探して欲しい」
「生きてる人間…」
開はふと周囲に視線を巡らせた。
あれだけ居た日本兵やもんぺ姿の人たちの姿はない。
市営のバスの客席には、ぼろぼろの服をまとった餓鬼や古めかしい着物を着た妖怪。それらに紛れてちらほらと生気の弱い人間が混じっていた。だが、それをヒロに教えていいものか…開は迷っていた。
その疑心さえ、隣の青年は見抜いているようだった。
「ははは!結ちゃんはアレか?護る術はあるのだな?」
「待ってくださいヒロさん、きみは…あなたは本当にどっちです?何が目的ですか?」

開が声を厳しくした瞬間、バスが停まった。霧のかかった外に、うっすらとバス停が見える。
「……たれかぁ、おりますかあ」
運転席の方から、か細い声がした。運転手が声を掛けたらしい。誰も立たない。
開が息を飲んだ時に、ヒロの細い指がそこに絡んで口元を塞いだ。
「おりまする、おりまする」
先頭の方に座ってた餓鬼が言った。
バスのドアが開く。そしてそこから、降りていく。
「あっ、わたしも…」

女性が席を立った。
ヒロが同じタイミングで立ち上がる。
「どっちだ」
低い声はまるで別人だったが、開に尋ねているのは明らかだった。開は迷ったが、すぐにヒロの手を自分の口元からどかすと掠れた声で言う。
「女性は人間だ」
「お返し給う!お返し給う!!そちら生きた女で御座い!!お返し給う!」
ヒロは大声で叫んだ。
その芝居かかった口調に、開は肝を抜かれる。びくーっと躰を縮み上げると、バスを降りようとしていた女性も同じく飛び上がった。

「…生きたものは…おのこりをぉ…」
運転手は、か細い声で言う。
「あ、あの…あの…!」
「やあ?君は佐知子ちゃん?及川佐知子ちゃんだね?ここに座りなよ」
「どうして名前を…」
「ご依頼で来ております、僕はヒロ。こっちはお友達の結ちゃん」
開は、状況がいまいち飲み込めないまま頷いた。
「僕も別の方から依頼されてここに…」
「おお、結ちゃんは思い出してきたみたいだね。ちょうどいい、話してくれ。…大丈夫だ、彼らに僕たちの声は聞こえなくなっている」
「……行方不明者が多発していてね。同じ地域の駅やバス停、そこで次を待っていた人がみな行方不明になっていたのを相談されて…」
「そう、あまりに多くてね。僕が動かねばならぬ事態になったのさ」
開とヒロの言葉を聞いて、及川佐知子はあんぐりと口を開けるばかりだ。
「……さて結ちゃん?」
ヒロは、バスの『降ります』ボタンを押した。
「及川佐知子ちゃんと、あと三名いる生きた人間をしっかりと繋いでおくんだよ。僕にはどれがどれだか分からないからね、君が人間を守るんだ。僕はこのブクブクと肥え太ったおばけ乗り物をぶっ壊さなきゃいけないんでね」
ヒロは、立ち上がって座席にのぼった。べきべきと音を立てて、そこら中が崩れ始める。
「ヒロさん!!」
崩れ行くバスは、鉄筋をむき出しにしてそして形を変えていった。藁や竹、そして土に。
「ほら!ロープを貸してあげる!」
ヒロは、何もないところからロープを取り出すと、開に向かって投げつけた。
─そんなこと言われても…!
開は苦笑いするしかなかった。だが、下の方へゆっくりと落ちていくなかで生きた人間だけを選別する余裕はあった。
「こ、このロープに捕まってくださ〜い!」

雷のような轟音がした。
そちらを見ると、ヒロが何か真っ黒い物体と揉みくちゃになっていて、妖怪大戦争をくりひろげられていた。
─やっぱりあの青年は、普通じゃなかった…!

開は、ヒィヒィと泣き叫ぶ人間たちを励ましながらゆっくりと落ちていった。
落ちていく恐怖はなかった。
なにか温かいものに、ふんわりと包まれているような…。心地が良かった。


気が付くと、みんな交番前の停留所に居た。仲良くロープで繋がれて、埃かぶったアウターを着ていた。季節は夏だというのに…。

「それで?全員見つかったわけでしょ?じゃあ無事解決ってことで良かったじゃないですか」
律は、レポート用紙をまとめながら言った。それを縁側に座りながら、開は不服そうに言い返す。
「スッキリしないじゃないか。ロープだってあの後、役目を終えたら蛇に姿を変えてどこかへ行ってしまったんだからね…僕は一体、何に助けられたんだろう」
「そういうのに好かれるのは慣れてるじゃない」
「痛いとこをつくな、律は…」
二人がのどかに話をしていると、桜の木に止まっていた鳥たちが騒ぎ出した。あまりにギャアギャアと泣き喚くので、律も縁側に出る。
「尾白、尾黒!うるさいぞ!」
『若〜ッ!とんでもないものが!』
鳥たちは叫んだ。そして青嵐…律の父・孝宏もばたばたと走ってやって来る。
「開か!?また変なものを呼んだな!?」
「…孝宏さん、一体何のはな」

バキバキバキバキっ!どさー!!
「ぎゃうん!」
桜の木から何かが落ちてきて、そして叫んだ。
「人が落ちてきた!?」
律と開は、慌てて靴下のまま庭へと飛び出す。そして開は、もう一度叫んだ。
「ひ、ヒロさん!!??」
「あぁ、やあ結ちゃん。君に会いに来たんだよ、君ほら…そういうお仕事がよく回ってくるんだろう?僕にも紹介して欲しいんだ…って何だこの家!?すごいなこの家!!なんだここ!心地が良い〜」
「え、ヒロさん…ってさっき話してたその人がそうなの?」
律の周りを鳥が警戒して飛び回る。
「おい…それはあやかしとはまた違う奴だぞ律、そんなの入れるな」
青嵐は律の背後でぼそりと言った。

「結ちゃん、君すごいな!すごい家系か!はっは〜んこれは助かる、僕とっても困ってたんだ。どうか助けて欲しいんだよ、結ちゃん」
「あの…ヒロさん?ま、まずそうだな…泥だらけだから着替えた方が…」
「あっ僕は熊谷イツカ、とある組織の人間で妖怪退治やらなんやらを請け負ってるんだ」
「マイペースな人だな…えっと、僕は飯嶋…飯嶋開だよ」
「開!なるほど、だから僕は<結>の名前を思いついたんだなぁ」

イツカは立ち上がると、むすんでひらいてを口ずさんだ。




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