なかなか涙も出ないものだね
チラチラと雪の舞い散る寒い季節。
黒と白で彩られたこの空間に、静かに、そしてその存在を強く示すように、鈴(りん)の音が鳴り響いた。
透き通るような鈴の音色に低く響き渡るお経を読む声、時々誰かに話しかけられているような気がしたけれど、今の僕には何も聞こえない。
今僕は、目の前で眠るその存在から一時も目を離すことが出来なかった。
『どうして…?』
少し前まで僕の隣で笑っていた君。
ある日その命の灯火を自らの意思で消してしまった。
僕らは恋仲の関係で、必然のように愛した、愛し合った。
そうすることでお互いに幸せを感じることが出来たし、本当に君がどうしようもないほどに愛おしかったのだ。
目の前の君は眠っているかのように美しいまま。
今にも起き上がってごめんね冗談だよ≠チて笑いかけてくるんじゃないかとすら思える。
僕自身そうあってほしいと願い続けていた。
横たわる君の頬に触れる。
『僕は…、まだここにいるんだよ…?』
氷のように冷えきった君の頬は、冬の寒さのせいじゃない。
もう2度と僕に笑いかけてくることはないのだ。
大好きだった。
愛していた。
君以外にないと…。
君のためだけに生きていくんだと決めたほどに…。
頬から手を離し、僕は外へと歩いていく。
参列者を尻目に会場から離れていくも、ふと頬にひやりとした何かが当たった気がして空を見上げた。
ーーー雪が降ってる。
空は灰色。
僕の心と同じ色。
『君の亡骸を見たって涙が出てこないんだ。』
心はとてつもなく悲しくて、でもまだその死を受け入れられないからだろうか…?
『もうすぐクリスマスだったのに…。』
ポケットから取り出した箱には、君に贈ると決めていた指輪。
ハートの飾りがついた、君に似合うだろうと何日もかけて選んだ指輪だったんだ…。
『君がよかった。君しかないと思ってた…。』
吐き出された言葉は、もう君に届くことは無い。
届いて…。
届けよ…。
お願いだから…。
『君と結婚したかった…。』
空は雪の涙を流すのに、僕の頬には偽りの涙。
偽りの涙は何度も何度も頬を流れて、凍てついた心をさらに酷く凍らせていく。
どれだけ願い、想い続けたって、もう君に届くことは無い。
ふと口に広がる血の味に我を取り戻すと、どうしようもないくらいに涙が溢れた。