空飛ぶ夢を見た話。
ある晴れた日の公園でのこと。
突然私をここに呼び出し彼はそう言うと、不敵に笑みを浮かべて見せた。
世の中全てに絶望していた昨日までの彼とは打って変わって、本当に別人のように笑っている。
空を飛ぶ夢が彼に何かを与えたのだろうとはすぐにわかるが、でもそれほどに?
言葉を続けない彼に私は問いかけた。
「…そんなに気持ちよく飛べたの?」
笑顔から感じ取ったまま私がそう聞くとほんの少しだけ驚いたような顔をして、またすぐにニコリと笑い、
「こんな気持ちの高ぶりは初めてだ。」
空を見上げながら言う彼の変化は明らかで、私は言葉を紡げない。
紡いだとてきっと何も変わりはしないから…。
でもそれでも、もしもを願ってしまう私に人の人生など背負う覚悟はないけれど、もしも、もしも…。
「もう気持ちは変わらない?」
彼か問いかけに言葉を発しないのは、その決意が揺るがない証だろう。
もうどうすることもできないのだ。
空が青いのが当たり前のように、雨が降る日があるように、それはもうどうすることもできない。
私にはもう何も出来やしないのだ。
「僕が与えられる最後の優しさは、最期の日を伝えないことだけ。だから、ここでさよならだ。」
そう言うと彼は立ち上がり歩き始めた。
カサカサと歩を進める音がするけれど、サラサラと風が吹き、葉の揺れる音がして、それが彼の歩みの音を消し去っていく。
「さよなら…。」
もう言葉は届かない。
引き止めることすら叶わない。
隣にいない彼に、私は静かに涙を流した。
「飛び降りたらしいよ…。」
数日後、雲ひとつない晴れ渡る空の下、彼の訃報が届いた。
なんとなく心の準備はできていたし、不思議と涙は出なかったけれど、最後に一緒にいたこの場所で訃報を聞いたのは何かの運命か。
彼がいた場所に座り込み、あの日の彼はどんな気持ちでいたのか、どんな気持ちで空を飛んだのか、答えのない疑問を繰り返し巡らせていく。
「やっぱり1人は寂しいね。」
あの日彼はここで笑っていたけど、私には笑えそうにない。
会いたい気持ちばかりが溢れ出て、その気持ちに溺れてしまいそう。
空の蒼の儚さに、吹く風の穏やかさ…。
まるでここには優しさだけがあるみたいに感じる。
ーーあぁこれが彼が望んだ世界なのか。
私は立ち上がるとおもむろに歩き始めた。
だんだん早くなる足に何を思うことは無い。
あるとすれば、彼が夢見た空だろう。
「お待たせ。」
彼が空を飛んだらしいあの場所を真っ直ぐ見渡せるこの場所で、私もあなたと同じに空を想う。
もしもあなたの空を飛べるなら、今度は何に涙することなく、笑って幸せに生きていこう。
もうない明日に私は笑う。
「明日はきっと幸せに…。」