紅い月が流す涙
見上げた暗闇に浮かぶ月は、私の気持ちなど知りもせずそこにあり続けている。
この先もずっとそれは変わることはないだろう。
今私を染める紅色も、彼らには関係の無いこと。
『私、いつまでこんなことしなくちゃいけないのかな。』
紅色に染まった手を眺めながら、隣に座る仲間に言葉をかける。
月明かりに照らされて、紅色はより一層に鮮やかさを増していく。
『そんなの、俺に聞かないでよ。』
彼も同じことを思っているのだろうか。
互いの言葉に未来を夢見るほどの温度などない。
『これで何人目かな。あと何人殺めていけばいいのかな。』
私たちは産まれてすぐに始末屋に買い取られた。
物心がつくよりも早く始末屋としての仕事を教えこまれ、生きるためにその仕事をこなしていった。
『お前なら、元締めから逃げられるさ。』
『でもそしたら、永遠に陽の光を浴びれない。』
元締めから逃げることは当然この仕事への裏切りを表す。
秘密を守るためなら、彼らはどこまででも追いかけてくるだろう。
実際過去に裏切り者の始末を命じられ、私はその命を葬り去ったのだから。
その時の顔が、告げられた言葉がどうしても頭から離れない。
『「夢に生きてみたかった…。」あの人はそう言ってた。夢ってなに?普通に生きていくことと何が違うというの?』
声を荒らげて問いかけてみても、隣に座る仲間は冷静なまま。
変わることの無い未来に、希望を見出すことを諦めてしまったのだろう。
『お前が望むなら、別の未来を望むなら、俺が犠牲になってやる。』
ポツリと言った彼の言葉に私は耳を疑った。
私のために自分を犠牲にするというの?
そんなこと…、許されるわけがないのに…。
『お前のその手は、きっと未来を掴み取れる。俺が大事に思ってきたお前になら、俺は俺自身を犠牲にできる。』
溢れる涙は…、
『お前が笑っていられるなら、俺は喜んでこの身を差し出すよ。』
イエスかノーか…。
次に静寂が訪れた時、きっとそれが合図になるはずだ。
自身の手にまとわりつくようにして付いた血をふるい落とし、その手で彼の手に触れる。
ほんの少し、ほんの少しだけ震えているような気がした。
彼の腰にある腰刀を手に取ると、それを後ろから彼の首元に添える。
驚いた彼の表情は、きっと一生忘れることはないだろう。
瞬間吹き出す鮮血で、流れる涙を誤魔化した。
訪れた静寂。
そしてそれが、終わりの合図となっていく。
喜びこそあれど、悲しみなどあるはずがない。
未来は…。
もうすぐそこにある。
『ずっと一緒…。これからも…。』
未練もない、迷いもない。
心臓に強く痛みが走り、ゆっくりと彼の血と混ざりあっていくのをぼんやりと眺めた。
遠のく意識の中、目の前で亡骸となった彼の手を取った。
空に浮かぶは紅い月。
月にかかる流れる雲が、月の流す涙に見えた気がしたけれど、きっと気のせいなのだろう。